ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

生体エネルギー変換にかかわる生体超分子複合体の構造研究図6野生型ダイニンMDの構造と固有機能ユニットの特徴的な配置.(Structure of the wild-type dynein motor domainand its unique arrangement of dynein-specific functional units.)ら突き出たストーク・コイルドコイルと,AAA5から突き出たコイルドコイルの2本のコイルドコイル構造がY字に突き出ており,先端に微小管結合領域(MTBD)が位置していた(図6).2本目のAAA5から突き出たコイルドコイルは“ストラット”と呼ばれ,以前に報告された中程度分解能のX線構造により初めて明らかになっていた. 14),15)大変残念なことに,WTの構造ではストーク・コイルドコイルの一部の電子密度が弱く,MTBDとストークを繋ぐ領域で分子モデルを構築することができなかった.巨大なダイニン分子のMDの原子構造が明らかになったことで,ダイニンがどのようにして微小管上を歩く活性を獲得したのか,新しい視点が提供された.ダイニンMDは,AAA +タンパク質に共通のAAA +リング構造をもち,ダイニン固有の機能ユニット(リンカー,ストークおよびストラット,C-シークエンス)をAAA +リングの前面,後面に配置した非常に特徴的な構造をしていた(図6).運動活性に必須の,パワーストロークとアロステリック制御の2点に絞って,ダイニンの運動モデルを概説する.AAA +リングの前面にはリンカーが存在し,ほかのAAA +タンパク質と同様の仕組みでリンカーがスイングする.これには,AAA1-AAA2の間で起こるATP加水分解に伴うリングの開閉が直接の引き金となる.リンカーの構造変化を引き起こす分子装置がAAA2,AAA3およびAAA4の半円構造の前面に組み込まれていると考えられる.一方,AAA +リングの後面には,ストークやストラットのコイルドコイル構造やC-シークエンスの構造を通して,AAA1とMTBDを繋ぐ長距離情報伝達の装置が配置されており,AAA1におけるATP加水分解サイクルの情報をMTBDに伝え,微小管との親和性を調節するダイニン固有の機能を発揮している.これらの機能分配は全体構造を用いた分子動力学計算からも支持日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)されている. 17)ダイニンMDは,AAA +型ATPaseの一般性とダイニン固有の機能とがうまく配置された秀逸な分子モーターであると言えるであろう.3.2ダイニン分子モーターの情報伝達前述のとおり,ダイニンにはAAA1とAAA2の間で起こるATP加水分解とMTBDでの微小管結合とを繋ぐ長距離の情報伝達が必要である.しかし,その距離は180 A程度離れており,微小管結合とATP加水分解の情報を伝達するアロステリックな情報伝達機構が存在するはずである.この情報伝達の仕組みとして,UCSFのI. R.Gibbons教授はストーク・コイルドコイル領域の2本のヘリックスが逆方向にスライドする“へリックス・スライディング機構”を提唱した. 18)このモデルの機能的実効性は東大・須藤教授グループがダイニンMDのストーク・コイルドコイルを二種類の人工的なジスルフィド結合で架橋することにより証明した. 19)われわれは,ダイニンMDとΔMTBDの構造解析を進めてきたが,残念ながらMTBDとストーク領域の高分解能での構造を得るには至っておらず,“へリックス・スライディング機構”を構造的に実証することはできていなかった.微小管との結合・解離を直接的に担うダイニンストーク領域の高分解能構造は,ダイニンの運動メカニズムの理解に必要不可欠な基礎情報である.そこで,MTBDを含むストーク領域の構造を,別途に高分解能で決定し,前述のダイニンMDの構造と併せて,ヘリックスがスライドする前後の構造を実験的に検証し,分子動力学計算を併用することでダイニン分子モーターの情報伝達モデルの提唱を試みた.われわれは,大腸菌発現系を用いてマウス細胞質ダイニンのストーク領域277残基を組換え体タンパク質として調製した(以降,この組換え体タンパク質を“ストーク277”と呼ぶ).結晶化条件を検討した結果,PEG335085