ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

ページ
34/100

このページは 日本結晶学会誌Vol59No2-3 の電子ブックに掲載されている34ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

久保田佳基子に相当していると判断した.また,酸素分子と細孔表面の間には電子密度の重なりは見られず,酸素が物理吸着していることもわかった.これにより酸素分子がCPL-1の細孔内に確かに吸着されていることが証明され,これが世界初の吸着ガス分子の直接観察となった.13)さらに,酸素分子は細孔内で無秩序な配列・配向をもって吸着されているのではなく,一次元細孔に平行な向きを取りながらダイマーを形成して整列していることがわかった.この結果は細孔表面の原子により形成されるファンデルワールスポテンシャルの詳細な形状を反映していると考えられる.酸素分子が観測できたことにもちろん感動があったが,酸素分子がこのような特異な構造をもって細孔内に存在していることに非常に驚いた.そして,この研究は単に吸着ガス分子を観測したという話にとどまらず,私たちの身の回りに存在し,自由に動き回っているガス分子を整列させる方法を提案したことになる.これはその後のPCPを用いたさまざまな応用研究に大きなインパクトを与えたと思われる.この研究成果の発表により,PCPの物性や機能,そしてその応用を考える上で,吸着ガス分子の位置や向き,骨格構造の精密な構造情報に基づいた考察が大変重要であるとの認識が高まった.そして,X線結晶構造解析はそのような構造情報を得る強力なツールであることが認識されるようになり,ガス吸着状態のPCPの結晶構造解析の論文が徐々に増えていった.Takamizawaらは単結晶X線回折のex situ測定により酸素や二酸化炭素などの吸着状態を次々に明らかにした.5),6)Yaghiらは単結晶X線回折によりMOF-5のガス吸着サイトを調べ,比較的大きな細孔の中でガス分子がどの部分に優先的に吸着するかを考察した.7)また,Yildirimらは粉末中性子回折データをRietveld解析してMOF-5への水素吸着構造を求めた.14)しかしながら,これらはいずれも骨格構造が比較的堅くしっかりしたPCPについて調べており,PCPの大きな特徴の1つである柔軟な骨格構造をもつPCPについての研究はほとんどない.柔軟な骨格構造をもつPCPはゲストの吸脱着における構造変化が大きいため構造決定が難しいためと考えられる.われわれもCPL-1を用いて,窒素,アルゴン,15)メタン,16)アセチレン9),17)などゲストのガス分子をいろいろ変えて(もちろん,それぞれに興味の対象は異なる)ガス吸着構造解析を行い,成果をあげてきたが,始めに選んだCPL-1の結晶性が高く,良質な粉末回折データを得ることができたことは大変大きく,いわゆるビギナーズ・ラックがあったかもしれない.しかし,これらの経験から,良い試料を選ぶことの重要性も強く感じた.5.吸着酸素分子の構造と磁性酸素分子は単体のガス分子の中で唯一磁性をもつガ図5 O 2-O 2ダイマーの配列.(Various geometries of O 2-O 2dimer.)ス分子である.酸素分子はスピン量子数S=1をもち,酸素分子間には電気四重極子相互作用に加えて,それと同程度の大きさの磁気的相互作用が働くため,分子配向と磁性との相関に興味がもたれている.酸素分子間の相互作用に着目した理論計算は古くからされていて,O 2-O 2ダイマーではO 2分子同士が真横に平行に並んだH-geometryが最も安定な構造であると考えられている.図5にはダイマーの配列を示している.HやSなどの記号は過去の文献において名付けられているものであり,多くの論文で同じ記号が使われている.最近の論文では,スピンを考慮した第一原理計算により,O 2-O 2ダイマーにおいてスピン状態と分子配向の関係が考察されている.Singlet状態(S=0)ではH-geometryが最も安定であり,Triplet状態(S=1)でも分子間距離が少し変わるだけで同じくH-geometryが安定であるが,Quintet状態(S=2)ではShifted-parallelのS-geometryが安定であると考えられている.18)また,Busseryらの計算では,O 2-O 2ダイマーの配向の変化により磁気的相互作用が劇的に変化(強磁性的⇔反強磁性的)することが示されている.19)これらのことから,O 2-O 2ダイマーの配列はスピンの状態によって変化することが予想され,磁場によって分子配向が変わることも期待される.20)一方で,この磁性と分子配向の相関を実験的に観測した研究例はほとんどない.そもそも自由に動き回っている酸素分子を目的の向きにしてそれを観測することは到底無理な話であった.ところが,Kobayashiらは多孔性材料にガス分子を吸着させることにより分子の運動を制限して観測するアイデアを着想した.そして,あるPCPに酸素を吸着させることはできたものの,そのPCPの結晶が悪く,分子配向の情報を得るには至らなかった.その後,さまざまなPCPが合成されるようになってきて改めてその実験を試みることになった.われわれが最初に行ったCPL-1への酸素吸着構造解析は,吸着ガス分子の観測とともにこのような別の目的ももって行われた.図4bにCPL-1の一次元細孔内でのO 2分子の配列を示す.図の横方向が一次元細孔の方向であり,H-geometryを保ちながら整列している様子が見て取れる.対になっているO 2の分子間距離は3.21 Aであり,酸素のファンデ76日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)