ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

放射光粉末結晶構造解析法を用いた多孔性配位高分子のガス吸着現象の構造科学的解明り,その場合はMEM/Rietveld法もうまく機能しない.例えば,Interdigitate型PCPは構造変化が大きく,細孔体積が20%以上にも及ぶものもある.このような場合は,粉末未知構造解析(SDPD)の技術が必要となる.近年のSDPDの手法の発展は目覚しいものがあるが,これについては本誌の連載企画で詳しく解説されているのでそちらを参考にしていただきたい.11)われわれが最初に対象としたCPL-1と呼ばれるPCPはゲストの吸脱着における骨格構造の変化が比較的小さかったのでMEM/Rietveld法により構造決定に成功した.8)4.吸着ガス分子の直接観察われわれが最初にターゲットにしたのは酸素分子吸着であった.その理由は酸素分子の磁性に興味があったからであるが,それについては次の節で述べる.ホストのPCPとしてはCu(II)-2,3-pyrazinedicarboxylate pyrazine,通称CPL-1(Coordination Polymer 1 with Pillared-Layerstructure)12)を用いた.この化合物は2価の銅イオンにピラジンジカルボン酸が配位してできるシートをピラジン分子が架橋するPillared-layer型のPCPである.予備実験として何種類かのPCPの粉末回折データを測定したところ,この化合物はかなり結晶性が高く,かつデバイリングの強度分布が均一であり,高精度な粉末回折データが得られると期待できる粉末試料であった.測定波長は試料の吸収と回折ピークの分解を考慮して0.8 Aとした.粉末試料を内径0.4 mmのガラスキャピラリに充填し,ガス導入用の試料ホルダーに装着した.始めに窒素ガス吹付け装置によりキャピラリを100℃に加熱しながらポンプで10分くらい真空引きした.そして,粉末回折データが明らかに変化したことから,細孔内にある合成溶媒の水分子が取り除かれたと判断した.吸着状態は温度とガス圧力によって決まるが,当初のシステムでは圧力より温度のほうが精密に制御できると考えたので,ガス圧力を一定に保ちながら温度を下げて吸着させる方法を採用した.室温においてキャピラリ内に酸素ガスを80 kPa導入し,段階的に温度を下げていった.図3は粉末回折データの温度変化である.300 Kにおいて粉末試料は酸素ガス雰囲気中にあるが,まだ細孔内に吸着されていないため回折パターンは変化していない.温度を下げていくと,130 Kで回折ピークの位置の大きなシフトとともに相対強度の変化が観測された.その後,90 Kまで回折パターンの大きな変化はなかった.あらかじめ測定した吸着等温線のデータも参照し,この段階で酸素は細孔内に吸着されていると判断した.これら一連のその場測定は1枚のIPに短冊状に記録された.したがって,われわれがその全容を知るのはIPの読み取りが終わってからである.今では当然のこととして受け止めることができるが,IPに記録された回折パターンの変化を見て,日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)図3酸素吸着その場測定によるCPL-1の放射光粉末回折パターン.(In situ synchrotron powder diffractionpatterns of oxygen adsorption.)酸素ガス圧力80 kPaの状態で降温した.下段にはAs-synthesizedの回折パターンを示している.図4(a)90Kにおける酸素分子を吸着したCPL-1のMEM電子密度分布.等電子密度面の高さは1.0 eA ?3.(b)CPL-1細孔内の酸素分子の配列.((a)MEM chargedensity distribution of CPL-1 with the adsorption ofoxygen at 90 K.(b)Arrangement of molecular oxygenadsorbed in the nanochannels of CPL-1.)その場にいた一同は大変感動し,歓声が上がったのをよく憶えている.また,最後に300 Kに昇温して測定したデータは始めのデータと一致しており,酸素が脱着しても骨格構造が保たれていることも確認した.同様なプロセスを経て90 Kにおいて精密構造解析用の長時間測定データを得た.測定時間はIPの計数が飽和するぎりぎりの時間に設定し,65分であった.得られた回折データを解析し,最終的に図4aのようなMEM電子密度分布を得た.細孔内にはダンベル型の電子密度分布が観察された.この形は酸素分子の形を連想させるものであり,この部分の電子数を数えるとほぼ16個であることも考慮した結果,この電子分布が酸素分75