ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

放射光粉末結晶構造解析法を用いた多孔性配位高分子のガス吸着現象の構造科学的解明本研究で紹介するガス吸着構造の解明の少し後のことと思われる.PCPの研究が始まった当初はゲスト分子を取り除くと骨格構造が崩壊してしまうものばかりであったが,1990年代初頭にゲスト分子を取り除いても骨格構造が崩壊しないPCPが合成されるようになり,それ以来,PCPの研究は爆発的な広がりを見せている.その理由の1つとしてPCPの設計性の高さが挙げられる.先に述べたように金属イオンと架橋有機分子の組み合わせによりさまざまな骨格・細孔構造をデザインして合成できる可能性がある点は非常に魅力的である.そして,PCPの構造の多様性はその多様な応用へと繋がり,研究者らはそれぞれの興味,目的によって,次々に新規化合物を合成するようになった.PCPの細孔を利用した応用研究としては,ガス貯蔵,ガスの分離・精製,細孔内空間を利用した触媒反応などさまざまなものが挙げられる.このようなPCPの細孔の応用を考える上で,吸着ガス分子の位置や向き,吸着ガス分子と細孔表面の相互作用の情報はきわめて重要である.しかし,それ以前に,PCPの研究が盛んになり始めた当初,ガス分子が本当に細孔の中に吸着されているのか疑義が挙がった.PCPに取り込まれたガスの量は重量や圧力を測定することにより知ることができるが,格子欠陥や粒界の部分にトラップされているのではないかという疑問も挙がった.そのため,ガス分子が確かに細孔内に吸着されている証拠となる実験結果が切望されていた.PCPは結晶物質であるので,X線回折を用いれば,細孔内に取り込まれたガス分子の情報を得ることができる可能性がある.合成直後の溶媒分子(例えば,水やDMF:N,N-dimethylformamideなど)をゲスト分子として含んだAs-synthesizedの状態の結晶構造は単結晶X線構造解析により明らかにされた.しかしながら,PCPがもつ骨格構造の柔軟性のために,ガス分子の吸脱着において単結晶は崩壊してしまうものが多かった.したがって,ゲスト分子を出し入れした際の結晶構造を知るためには粉末法による結晶構造解析が必要であった.粉末法は単結晶法に比べると実験や解析に技術や経験が必要な方法である.特にPCPのように構造の自由度が多い場合,解空間にはLocal minimumが多数存在し,正しい解に到達し難いことがあり,解析はきわめて難しい.そのためガス吸着の話以前に,PCPの構造研究はAs-synthesizedの状態を除くと少ない.少なくとも柔らかい骨格構造をもつ物質についてはほとんどなかった.これまで,ガス吸着構造解析が行われてこなかったもう1つの理由は,ガス雰囲気の試料環境がX線回折実験用には整備されてこなかったからと考えられる.日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)2.放射光粉末回折のガス吸着その場測定PCPの細孔内にガス分子が取り込まれていることを確認するためには,PCPにガス分子を吸着した状態でのX線結晶構造解析が最も確かな方法である.この状況は,金属内包フラーレンの金属内包構造決定の場合によく似ている.3)PCPは結晶物質であるのでX線結晶構造解析が行えることは誰もが理解していたと思われる.しかし,吸着ガス分子が細孔内に取り込まれたときに,規則的な配列構造を取ることはあまり予想されなかったのではないかと思われる.その点はわれわれも同様であり,ガス分子は無秩序な配列・配向で一次元細孔を埋めているという描像が想像された.しかし,細孔内にガス分子が存在するならば,必ず回折強度に変化が観測されるはずであり,MEM(Maximum Entropy Method)電子密度解析を行えば,細孔内にはっきりでなくともぼんやりとでも電子分布が観測されるであろう.そのような期待をもってわれわれは粉末回折のガス吸着その場測定に取り組んだ.X線結晶構造解析を行うにあたり,われわれはSPring-8の粉末結晶解析BL02B2のデバイシェラー回折計を用いた.この回折計は1999年より供用を開始し,多数の物質科学研究の成果を輩出している.その特徴はイメージングプレート(IP)を検出器とするデバイシェラー写真法によりきわめて統計精度の高い粉末回折データが簡便に取得できる点にある.4)デバイシェラー法ではすべての回折線が同じ条件で同時に測定されるので入射ビームの変動や系統的な誤差の混入の影響を受けにくい.そして,ステップスキャンに比べて実効的に長い測定時間を確保できる点が良質なデータに繋がっている.回折ビームのスリットがない光学系では角度分解能の低下を心配するかもしれないが,SPring-8の光源の高いエネルギー分解能のおかげで,回折プロファイルの幅は2θで0.04°程度であり,解析に十分耐え得るデータが得られる.そして,回折ピークが重畳し,かつ強度が弱くなっていく中角度から高角度領域においても回折プロファイルがあまり広がらず,よく角度分解されたデータが得られる点は特筆すべきである.また,この回折計では,ガラスキャピラリを揺動する以外は稼動部がなく,種々のアタッチメントを設置する試料周りのスペースが確保できるためその場測定には適している.ガス吸着状態の測定では,試料を大気から隔ててガス雰囲気に置く必要があり,そのためにはいくつかの方法が考えられる.最も簡単な方法としては,ガラスキャピラリに試料とともに吸着ガスを封じ切る方法がある(exsitu測定).これは単結晶,粉末にかかわらず適用可能な方法であり,われわれが結晶構造解析の最初の論文を発表した後に,このような方法によりいくつかの単結晶構73