ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

神谷信夫,沈建仁とであった.その代わりに,Mn4に配位している水W2とCaに配位している水W3が水素結合距離にあり,それらが互いに近づいてO=O結合を形成する仮説が提案されていた.したがって,水分解・酸素発生反応の機構を解明するためには,反応中間体の構造を解析し,O=O結合が形成される時の構造を解明する必要がある.水分解のKokサイクルモデル(図1)では,暗黒で安定なS 1状態に2つの光子を照射すると2つの電子が引き抜かれ,S 3状態になる.この状態にさらに1個の光子を当てると寿命がきわめて短い遷移状態であるS4になり,その後ただちにS 0状態に遷移し,この遷移の過程で分子状酸素が放出される.したがって,分子状酸素が放出される前の準安定状態はS 3状態であり,S 1からS3への遷移において検出可能な構造変化が起きることはEXAFSなどの研究から示唆されていた.Kokサイクルモデルの中間状態の構造を解析するにはやはりXFELが有効になるが,限られたXFELの利用時間で成果を得るためには,S 3状態を優先的に解析するのが適当だろうと思われたので,筆者らもまずS 3中間体の構造解析を目指してXFELを用いた実験を行った.前述のXFELを用いた無損傷構造解析では,十分な分解能を得るために大きなPSII結晶を用いたが,同様の結晶を用いて可視光を照射しても,色が濃いために十分な励起効率が得られなかった.したがって,PSIIの微結晶を用いたXFEL-SFX実験を行うのが適切であると思われたが,米国の2つのグループがスタンフォードのXFEL施設を利用して,10μm以下のPSII結晶を用いてSFX実験を行った結果,分解能は4.5 A以下に留まっていた. 33),34)この分解能では光照射による微小な構造変化を検出することは不可能と考え,50~100μm程度のPSII結晶を作製し,SACLAやSPring-8のX線を用いてさまざまな条件をテストした結果,最終的に2.1 A程度の回折スポットを確認することができた.このような結晶を用いて,2発のレーザー照射によって誘導されるS 3状態由来の回折データを収集し,2.35 A分解能で構造解析に成功した. 44)得られたS 3状態の構造は,分解能の制限やほかのS状態の混在により,Mn 4CaO 5クラスターやその周辺の微小な構造変化を厳密に決定することは依然として困難である.そこで2閃光照射した結晶と未照射の結晶からの回折データの間の同型差フーリエ密度マップ(Fo-Fo)を計算し,2つの状態間の相違を見ることにした.その結果,電子伝達やプロトン移動と離れたタンパク質領域では差密度はほとんど見られなかったが,電子伝達とプロトン移動にかかわる領域で顕著な差密度が見つかった.これらの差は3つの領域に局在し,それぞれ1二次電子供与体であるD2サブユニットのY D周辺;2電子受容体Q Bおよび非ヘム鉄周辺;そして3Mn 4CaO 5クラスター図8 XFEL-SFX実験によって得られたS 3-S 1状態の差フーリエ電子密度(a)とS 3状態のMn 4CaO 5クラスターの構造.(Isomorphous Fourier difference mapof S 3-S 1 states(a)and the structure of the Mn 4CaO 5-cluster at the S 3 state(b).)およびその近傍である. 44)上記3つの領域のうち,Mn 4CaO 5クラスターおよびその近傍で最も大きな差密度が見られた(図8).ここでは,誌面の関係で水分解反応と直接かかわりのある部分のみを紹介する.すなわち,2閃光照射のデータから未照射のデータを差し引いた差密度マップで,O5近傍に顕著な正の電子密度が見つかり,なんらかの原子がここに挿入されたことが示唆された.電子密度の大きさと位置から,ここには酸素原子(水分子)が挿入されたことが考えられた.この酸素原子はO6とアサインされ,O5原子との距離が1.5 Aであり(図8),O5とO6の間でO=O結合が形成されたことが強く示唆された.このことから,O5を中心とする領域が反応部位であり,S1からS3への遷移過程で1分子の水が新たに挿入され,O5との間で分子状酸素が形成されたという反応メカニズムが明らかになった. 44)7.おわりに1990年に著者らが共同研究を開始してから現在まで,PSIIのX線結晶構造解析による研究の推移を概説した.これを振り返るとちょうど指数関数を見るようで,ほぼ10年を区切りに研究の進行が1桁ずつ速度を増してきたように思われる.研究を開始して10年の第1期で最初の3.7 A分解能の構造を報告し,次の10年の第2期で1.9 A分解能の構造が得られた.20年間にわたる結晶の良質化の努力の賜物であるが,PFやSPring-8における放射光科学の進展,コンピュータ技術の進歩とタンパク質結晶構造解析に関連するソフトウェア開発に依存するところも大きかった.第3期の現在はSACLAのXFELが登場して,いよいよPSIIの水分解・酸素発生機構の解明を目前にしているように思われる.しかしながらこの間,X線回折分解能の不足がタンパク質結晶構造解析の原理的な軛であることはなにも変わっていない.複数の主要な反応中間体がディスオーダーして混在する結晶試料か70日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)