ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

放射光X線結晶構造解析による光合成・光化学系IIの水分解・酸素発生機構の解明に公開されると間髪を入れずに,QM/MM計算の研究グループ37)から,XFEL構造の2Fo-Fc電子密度図ではMn4とO5が分離して観測されず,また報告されたOEC構造はS 0状態のものであるとする報告が行われた.前半は,PSIIの大型結晶を用いてもXFELによる回折強度データの質が不十分で,Fo-Fc差フーリエ図から同定されたオキソ酸素の座標情報は不正確であるという批判である.また後半は,2.3 AのMn4-O5の距離はS 1状態で36Ⅲ価のMn4のヤン-テラー歪みとして説明)されても,IV価のMn3とO5の距離がQM/MM計算から予想される1.8~1.9 Aに比べて2.0~2.3 Aと長いことによると考えられ,より信頼度の高い構造を決定してDPIを含めて議論する必要が生じた.この間,われわれの研究グループでは,従来からのSPring-8ビームラインを利用してPSIIの結晶構造解析を継続する中で,結晶の同型性を飛躍的に改善することに成功していた.多数の同型結晶から1つの回折強度データセットを収集すれば,ドースを従来の0.43 MGyから1桁以上低減させることができる.これにより0.03~1.6 MGyの範囲でドースを変化させてOEC構造を追跡したところ,X線還元によるOEC構造の変化は0.12 MGyに閾値をもち,それを下回る低ドース領域ではOEC内の結合距離がほとんど変化しないことを突き止めた38)(図7).左の2枚の図はPSII結晶の非対称単位を構成する2個のモノマー(A,Bで定義)について個別に,0.03 MGy構造(濃い色で表現)と0.12 MGy構造(薄い色で表現)を重ね合わせたものであり,どちらについてもOEC構造はほとんど変化していない.0.03 MGy構造をXFEL構造と比較したところ,金属-金属間,金属-オキソ酸素間の距離はよく一致していたものの,XFEL構造ではCa原子とそれに配位した水分子(W3,W4)の温度因子が,特にB-モノマーで異常に大きいことが判明した.また2つのXFEL構造を詳細に検討したところ,O1-W5の水素結合について,その距離と角度が2個のモノマーで異なっていたことから,先の無損傷XFEL構造解析では,用いた試料結晶の同型性が十分ではなかった可能性が示唆された.一方,本研究で得られた0.03 MGy構造について,濃い色で表現したA-モノマーと薄い色で表現したB-モノマーを重ね合わせて図7の右側に示した.この場合には2個のモノマー間でO1,O3,O4の位置が変化し,O1-Caの配位距離,O3-His337(D1サブユニット)とO4-W6の水素結合距離が伸び縮みしていた.これは結晶中で2個のモノマーが置かれている環境(パッキング)の違いが,それぞれのOEC構造を変化させているものと考えられる.これまでのPSIIのX線結晶構造解析でわれわれは,「非対称単位中の2個のモノマーのOECは,同じS 1状態にあって同じ構造をもつ」と仮定して精密化に用いる制日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)図7 SPring-8を用いた低ドース条件下のOEC構造.(OEC structures elucidated with an extremely lowX-ray dose at SPring-8.)左と中央の図ではPSII結晶の非対称単位を構成する2個のモノマー(A,B)について個別に,濃く表現した0.03 MGy構造と薄く表現した0.12 MGy構造を重ね合わせた.右図では0.03 MGy構造について,濃いA-モノマーと薄いB-モノマーを重ね合わせた.限構造を構築していたが,本研究によりその見直しを迫られることとなった.カッコ内の命題の否定は,「同じS 1状態にあって異なる構造をもつ」または「異なるS状態にあって異なる構造をもつ」であり,このいずれが正しいのかは,今後の研究によって明らかにされなければならない.仮に後者であることが明らかになれば,結晶中ではOECあるいは少なくともその一部がS 0状態をとることとなり,先のQM/MM計算の研究グループ37)からの指摘にも根拠が生まれる.いずれにせよ,パッキングの違いにより結晶内のOEC構造が微妙に変化するという知見は,本来「ハードな」Mn原子とオキソ酸素により構成されたOECが「ソフトな」特性を要求される触媒として機能するメカニズムの観点からもきわめて興味深いものである.6.S 3反応中間体の構造とO=O結合の生成部位(沈グループ)これまで決定されたMn 4CaO 5クラスターの構造は,反応開始前の安定なS 1状態の構造であった.この構造から,5つのオキソ酸素原子のうち,O5が特殊な位置にあり,何らかの形で反応にかかわっている,すなわち,O5が反応部位の一部を形成し,分子状酸素を形成するための基質酸素原子の1つを提供している可能性があること22),36),39が,結晶構造)や量子力学計算40)-42)などの結果から指摘されてきた.しかし,この推論が正しいとしても,2番目の酸素原子がどの位置にあるか,それがどのようにO5とO=O結合を形成して分子状酸素を形成するか,という反応機構はまだわからない.さらに,そもそもO5が反応基質の1つではないとする主張も根強くあった. 27),39),43)その根拠は,O5はMn 4CaO 5クラスター中のキュバン構造の1角を占め,Mn1,Mn3,Mn4,Caという合計4つの金属イオンに配位しているので,それらの結合が切断されて反応に参加するためには大きなエネルギーが必要で,反応機構としては成立しにくいというこ69