ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

ページ
26/100

このページは 日本結晶学会誌Vol59No2-3 の電子ブックに掲載されている26ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

神谷信夫,沈建仁広域X線吸収微細構造(Extended X-ray Absorption FineStructure,EXAFS)測定,あるいは量子力学/分子動力学(QM/MM)計算によって予測された距離よりも0.1~0.2 A長いことが報告されるようになった. 24)-27)このことは,Mnイオンの一部が還元され,Ⅱ価になったために,オキソ酸素によって架橋されたMn-Mn間の距離が長くなったことを示唆している.X線による損傷は,強いX線が水分子などを攻撃して生じた電子やフリーラジカルが金属イオンやアミノ酸を攻撃することで起こると考えられている.金属イオンやアミノ酸が還元または損傷を受け,構造変化が起こるまでの時間はピコ秒程度と考えられている.従来の放射光X線を用いた構造解析では,1枚の回折イメージを取得するのに最短でも0.1秒程度必要なので,損傷を受けて分子の構造が変化することは避けられない.したがって,損傷のない構造を得るためには,ピコ秒よりも短い時間でX線回折データを取得すればよいことになる.これを実現可能にしたのがX線自由電子レーザー(X-rayfree electron laser,XFEL)であり,日本では世界で2番目のXFEL施設としてSACLA(SPring-8 angstrom compactfree-electron laser)が2012年3月に供用開始した28)(1番目は米国スタンフォード大学が設置したLinac CoherentLight Source:LCLSである).SACLA由来のXFELの1パルス当たりの時間は10~20フェムト秒(fs)であり,この時間内に結晶由来のX線回折データを取得すれば,X線損傷による構造変化が起こる前にデータを得ることができ,無損傷,すなわち,天然状態のMn 4CaO 5クラスターの構造を得ることが可能になる.この手法は「試料が破壊される前に回折データを取得する」(diffraction before destruction)と呼ばれている. 29),30)しかし,XFELの1パルス当たりのX線強度がきわめて強く,照射後は結晶が破壊されるので,結晶の1カ所に1パルスのX線しか照射できない.したがって,従来と同じような回転照射法で構造解析可能なデータセットを取得するには多数の結晶を必要とする.このため,1μm程度の微小結晶を多数用いて,結晶を含んだ溶液を流しながらXFELパルスを照射する方法が考案された.この方法はSerial Femtosecond Crystallography30(SFX)法)と呼ばれ,モデルタンパク質やその他のいくつかのタンパク質の微結晶に応用され, 30)-32)構造解析可能な回折データを収集できることが示され,XFELを利用した結晶構造解析の主な方法となった.この方法はPSIIの微結晶にも適用されたが,筆者らがXFELを利用し始めた2012年前後では分解能4.5 Aまでのデータ収集に留まっており, 33),34)Mn 4CaO 5クラスターの無損傷で詳細な構造を得るには至っていなかった.これは,XFELの小さいビーム(1μm)を格子定数の大きいPSIIのような巨大膜タンパク質の微小結晶に照射しても,回折に寄図6XFELを用いて解析されたMn 4CaO 5クラスターの無損傷構造.(Damage-free structure of the Mn 4CaO 5-clusteranalyzedbyXFEL.)(a)Mn-Mn間の距離.括弧の中は放射光X線を用いて解析された距離.(b)Mn 4CaO 5クラスターの全体像と原子間距離.与する結晶体積中のPSIIのコピー数が少ないため回折能が弱く,高い分解能が得られなかったこと,また,小さい結晶は最適な結晶化条件で作製されていないため,本来の回折分解能が低かったことが原因と考えられた.そこで,Mn 4CaO 5クラスター内の結合距離の違いを検出しうる十分高い分解能を得るため,われわれは放射光X線による構造解析で使用した大型PSII結晶を用いてXFELによる回折データを収集することにした.上述したようにXFELで照射した結晶は破壊されてしまうが,XFELのビームサイズは1μm程度であるので,損傷の伝播距離は照射点から10μm程度であり,XFELの結晶上でのパルス照射間隔を50μm空ければ,無損傷の回折データを取得できることが判明した. 35)このような手法で,PSIIの大型結晶を用いて,結晶1個当たりに10~数十枚のイメージを取得し,100~200個の結晶から構造解析可能なデータを取得することができた.得られたデータの分解能は1.95 Aであり,放射光X線で得た分解能とほぼ同等であった.このデータを用いて,反応開始時のS 1状態の構造を得ることができた. 36)従来の放射光X線で解析されたMn 4CaO 5クラスターに比べて,XFELで解析された構造では,Mn-Mn間の距離の多くが0.1~0.2 A程度短くなり(図6),EXAFSや理論計算の結果とほぼ一致した.また,Mn-O間の距離の多くも短くなり,無損傷で天然状態の構造が得られたことが示された. 36)しかし,O5とその両側のMn4, Mn1との結合距離はそれぞれ2.3 A,2.7 Aで(図6),通常のMn-O結合距離(1.8~2.0 A)よりも著しく長いという特徴は変わらなかった.したがって,O5はほかの4つのオキソ酸素と異なっており,特異的な位置にあることが強く示唆された.5.1.87 A?分解能の低ドースSPring-8構造(神谷グループ)S 1状態の構造の決定版と目された無損傷XFEL構造ではあったが,それがプロテイン・データ・バンク(PDB)68日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)