ブックタイトル日本結晶学会誌Vol59No2-3

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概要

日本結晶学会誌Vol59No2-3

放射光X線結晶構造解析による光合成・光化学系IIの水分解・酸素発生機構の解明のか,Kokサイクルの途中で放出されるプロトンはどのようにして生じ,基質の水分子はどのようにMn 4Caクラスターに取り入れられ,どのようにして新たな酸素-酸素結合が形成されるのかなど,水分解・酸素発生の反応機構の根幹については何も知ることはできない.PSIIの反応機構の分子論的基盤を確立するために,そのX線結晶構造解析に強い期待が寄せられたことは言うまでもない.2.PSIIの結晶化と結晶構造解析の歴史PSIIは巨大な膜タンパク質複合体であるため,その高品質な結晶作製が困難で,世界で多くの研究者が取り組んできたにもかかわらず,長期間良質な結晶が得られなかった.このため水分解触媒であるMn 4Caクラスターの詳細な構造も長い間不明で,水分解・酸素発生反応の機構が謎のまま残されていた.筆者らがPSIIの結晶化に取り組み始めたのが1990年で,当時沈が所属していた理化学研究所の研究室の井上頼直主任研究員に言われ,PSII試料の精製を始めた.そのとき高等植物由来PSII複合体の調製方法はすでに確立され,タンパク質組成もほぼすべて明らかになっていた.われわれも最初は植物からPSII複合体を調製し,結晶化を試みたが,よい結晶を得ることはできなかった.その主な原因は,植物由来PSIIは不安定で,膜の表面に結合している,水分解反応の活性維持に必要な2つの表在性タンパク質,PsbP,PsbQが精製の過程で脱落すること,そして結晶化の間に多くのサブユニットがプロテアーゼによって部分的に分解されることであった.PSII結晶化のため,より安定な材料が必要であることがわかった.井上頼直主任研究員から,好熱性シアノバクテリアからより安定なPSIIが取れるのではないかという指摘をいただき,所属研究室で培養していた好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus vulcanusからPSIIの単離,精製を始めた.このシアノバクテリアは60℃の高温でも生育でき,和歌山県の湯の峰温泉から採取してきたもので,酸素発生型光合成生物の中でも最も高温で生育できる生物の1つである.このため,単離されるタンパク質も安定で,取り扱いやすいことが期待された.PSIIのタンパク質組成は基本的に原核生物のシアノバクテリアから真核生物の高等植物まで保存されているが,若干の違いもあることが報告されていた.それまで2)-4)も好熱性シアノバクテリアからPSIIを精製する研究があり,シアノバクテリアから精製したPSIIには,高等植物由来PSIIのPsbP,PsbQに相当する表在性タンパク質が存在しないことがわかっていた.このように精製されたシアノバクテリアPSIIの水分解反応の活性(酸素発生活性)は,高等植物由来PSIIと同程度であった.沈も従来報告されていた方法でシアノバクテリアからPSIIの日本結晶学会誌第59巻第2・3号(2017)図2好熱性シアノバクテリアT. vulcanusから精製したPSII.(Purified PSII from the thermophilic cyanobacteriumT. vulcanus.)レーン1,2,3はそれぞれ最終のカラムクロマトグラフィーで精製したときの出発材料(粗PSII),カラムから溶出した侠雑物,そして精製PSII二量体である.12 kDa,17 kDaとラベルされた2つのバンドが,後にPsbU(12 kDa),PsbV(cytc-550)として同定された2つの新規表在性タンパク質である.精製を始めたところ,得られたPSIIの活性は報告されたものとほぼ同じであったが,タンパク質組成を分析すると不純物と思われるバンドがいくつかあり,結晶化に耐えうる純度をもつサンプルとは思えなかった.このため,精製方法の改良が必要と考え,イオン交換カラムクロマトグラフィーを組み合わせた精製法を試みた.種々の精製条件を最適化した結果,純度の高いPSII二量体の精製に成功し(図2),5)その酸素発生活性を測定したところ,従来の精製試料の3倍以上あることがわかった.6)この標品は結晶化に使用可能と考え,タンパク質組成を分析したところ,それまで知られていなかった新しい2つの表在性タンパク質を見つけ,その後の生化学実験や遺伝子組み換え技術による変異体の作製,解析によって,高等植物PSIIのPsbP,PsbQに相当する役割をもっていることがわかり,PsbU(12 kDa),PsbV(cyt c-550)と名付けた.6)-10)この2つの親水性タンパク質は結局PSII二量体の結晶中のパッキングにかかわることになり,PSIIの良質な結晶形成に重要な役割を果たすことになる. 11)上記で得られた精製PSII二量体を用いて結晶化を始めたところ,1~2年ほどで結晶と思われるような塊(図3)が得られた.これをフォトンファクトリー(PF)に持って行き,何回かX線を当ててみたが,回折点は得られなかった.当時は膜タンパク質の結晶化の成功例がきわめて少なく,さらにPSIIのような巨大膜タンパク質複合体は本当に結晶になるのかという疑問すらあっ65