ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No6

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概要

日本結晶学会誌Vol58No6

ネスポロマッシモとして利用できる.すなわち,無限の格子を代表する数多くの有限の単位胞を選択できる.格子と同じ対称性を表す単位胞が選ばれると無限の格子と有限の単位胞の間に唯一の関係が確立する.そのために「慣用単位胞」(conventional cell)の概念が導入される.ITAによる慣用単位胞の定義は以下のようにまとめることができる.1.基底ベクトルが右手系である.2.単位胞の辺は格子の対称方向に平行である.3.上記の条件を満たす最小の体積をもっているものである.格子が3本以上の対称方向をもっている場合は,すなわち直方(斜方)晶系以上の場合は,上記の条件で唯一の単位胞を設定できる.しかし,単斜格子は1本の対称方向しかない(慣用的にb軸と名付けられる)のでそれに垂直な面内の軸の選択が制限されない.鋭角を成さない最短周期をもつベクトルという選択基準があれば単斜角度は90度と120度の間に留まるという選択基準もある11)ので,複合格子の場合は慣用単位胞の選択に自由度が残る.また,三斜格子の場合は対称方向がないため,慣用単位胞の定義が適用できないので普通は規約単位胞(reduced cell)が採用される(ITA第3章).なお,英語のunit cellは,「単位胞」の意味に過ぎないが「慣用単位胞」の意味で使われることが多い.英語以外の言語で「unit」という語彙は「elementary」と訳される場合がある(例:伊語,仏語)が「elementary」は「単純」(primitive)の意味をもっている.しかし,慣用単位胞は単純と限らないので英語系以外の論文・教科書を読む場合は誤解する虞があるので注意すべきである.演習問題5単斜晶系では,P,A,B,C,I,Fという6種類の単位胞が取れる(より大きな体積をもつ単位胞はいくらでも取れるが特別なメリットがない限りこれらは普通考慮されない).上記の6種類の単位胞を同じ格子を代表するものに分類し,2種類の単斜格子しかないことを証明せよ.その慣用単位胞が複合の場合は2つの取り方が可能なことを証明せよ.2.4非慣用単位胞非慣用単位胞を利用するメリットがいくつかある.例えば以下のような場合である1.相転移に応じて出現する相は転移前の相と群・部分群関係をもっている場合がある.相転移の前後で同じ基底を使うと相転移による原子の移動が見やすくなる.しかし,その基底は新相の慣用単位胞に相当しない場合が多い.2.ダイヤモンド構造の原子位置を半分亜鉛,半分硫演習問題の解答はJ-Stageに付録として掲載してあります.黄と秩序的に交換する閃亜鉛鉱構造が得られる.このような関係をもつ構造は,aristotype(ダイヤモンド)とhettotype(閃亜鉛鉱)と呼ぶ.12)hettotypeとaristotypeを比較する時に共通の基底を選択すると相違関係がはっきりみえるが前者の慣用単位胞に相当しない場合が多い.3.高い擬対称性をもっている構造の慣用単位胞ではその擬対称性がはっきり表れない.非慣用単位胞を利用することによって擬対称性を強調することが可能となる.4.ドメイン構造の場合は共通の部分格子の単位胞が各ドメインの非慣用単位胞に相当することが多い.5.格子の対称性が構造の晶系を超える場合がある.例えば,単斜晶系の結晶構造はある温度,圧力の範囲でβ=90度となる場合がある(metric specialisationという).格子は直方(斜方)に上昇するが構造は単斜のままである.高い対称性を示す格子の単位胞は構造にとっては非慣用単位胞となる場合がある.ここでは上記のケースを詳しく分析することが不可能だが1つの例を紹介する(より詳しく知りたいなら文献13)を参照).2.4.1非慣用単位胞利用のメリット単斜晶系には13個の空間群タイプが存在する.そのヘルマン・モーガン記号は基底の選択に依存する.まず,対称方向をa軸,b軸,c軸と名付けることによって,各単斜空間群タイプは3つの設定で表示できる(英語でa-unique,b-unique,c-uniqueという).次に,映進面あるいは複合慣用単位胞をもっている8個の空間群タイプは3つの単位胞(cell choice 1, 2, 3)で表示できる.さらに,対称方向に垂直な面内の軸を交換することが可能である.最後に,慣用単位胞の倍の体積をもつ非慣用単位胞を選ぶことも可能である.これらのすべての可能性を考慮すると,ある1つの空間群タイプでは21個の設定までが可能である(ITAには倍の体積をもつ非慣用単位胞が載っていないため18個の設定までしか現れない).空間群タイプ第14番の例を考えてみよう.図9は対称方向に沿って投影したものである.対称方向はア,イ,ウにそれぞれb,c,a軸として選択されたので面内の軸はaとc,aとb,bとcとなる.赤,青,緑の単位胞はITAのcell choice 1,2,3に相当する.2回螺旋軸は共通だが,面内のw intrは単位胞の選択に依存する.赤の単位胞を選ぶとw intrはc軸(ア),a軸(イ),b軸(ウ)に平行だからそれぞれのヘルマン・モーガン記号はP12 1/c1,P112 1/a,P2 1/b11,となる.青の単位胞を選ぶとw intrは面内軸の対角に平行だからヘルマン・モーガン記号は常にP2 1/nとなる.最後に,緑の単位胞を選ぶとw intrはa軸(ア)とb軸(イ)とc軸(ウ)に平行だからヘルマン・モーガン記258日本結晶学会誌第58巻第6号(2016)