ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No3

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概要

日本結晶学会誌Vol58No3

152 日本結晶学会誌 第58 巻 第3 号(2016)新刊紹介結晶構造精密化 SHELXLの使い方大場 茂,植草秀裕著,三共出版(2016)定価 3,000 円+税ISBN 978-4-7827-0741-8私が単結晶X線構造解析を始めた頃は,コンピュータでターミナルを起動して,適当なテキストエディタで入力ファイルを編集しながら,コマンドラインでSHELXLプログラムを起動して構造解析を行っていた.しかし,近年の構造解析支援プログラムの進歩は目覚ましいものがあり,美しいグラフィカルユーザーインターフェイスを前に,マウスクリックでいとも簡単に構造解析を完了させる姿を見ていると,構造解析は以前のターミナルに向かってタイピングするスタイルよりも格段に親しみやすい研究手段になってきていると感じる.最近では,単結晶X線回折装置で測定が終わると収集したてのデータを使ってプログラムが自動で構造解析まで完了している,といったことまで現実になってきており,いよいよ結晶学は専門家の仕事ではなくなってきているという“錯覚”まで覚える.しかしこれはあくまで“錯覚”であることにすぐに気がつかされる.乱れ構造や双晶の解析は一筋縄ではいかないし,単純な結晶構造解析であっても解析者の力量によって,原子間距離の精度や水素位置など,結晶構造から得られる情報には雲泥の差がある.先述のコンピュータプログラムの発達によって結晶学の入り口は入りやすくなったが,奥は深いのである.深い奥を探るには,良質なガイドブック(=教科書)が手元にあると心強い.結晶学の理論や数学的な背景を記載した教科書は数多く,私もいくつもの教科書を拝読し,読むたびに新しい視点が得られたり特徴的な解説に学ばされたりと,結晶学の奥深さを実感している.その一方で,実用性の面での教科書,具体的にはSHELXLを使った構造解析を解説した教科書は非常に少ない.もちろん,SHELXLプログラムの作者Prof. G. M. SheldrickのホームページからSHELXLプログラムのユーザーガイドは得られるし,最近ではDr. P. Muller編「Crystal Structure Refinement:A Crystallographer’s Guide to SHELXL」(Oxford UniversityPress)があるが,日本人の,特にこれから結晶学を学ぼうとする人には,まずは日本語でSHELXLの仕組みを理解することが好ましい.本書は,結晶学を実用性の面で身につけることが可能な数少ない日本語の教科書の1つではないかと思われる.全6章から成る本書は,1章でSHELXLの仕組みと.insファイルの解説が成され,2章で水素原子の扱いと乱れ構造の解析について解説されている.この2 章の内容は,構造解析の経験や力量の差が現れやすい点である.本著では水素発生や乱れ構造の精密化モデル作成の方法を,実例に基づき,“なぜそのようにしたか”という根拠も含めて記載してある.構造解析の玄人が何を考えて解析をしているのか,という一端を知ることができるのは,構造解析を学ぶ上で大変有意義なことであると思う.3 章はトラブルシューティングと題して,構造解析で実際に直面しそうなさまざまな問題がQ and Aの形式でまとめられている.私自身が実際に直面した問題もいくつか含まれており,多くの読者が知りたいと思っている情報が詰まっているように感じた.また,ある程度の経験を積んだ研究者であっても,研究内容によってはいまだ経験していないような問題点(例えば有機結晶の研究をしている人が解析する機会が少ない空間群P41 は,絶対配置決定のために構造を反転させるとP43 になるので注意が必要)も丁寧に記述されており,シニア研究者であっても一読の価値があるように思う.4章はコマンド入力マニュアルとして,SHELXLのコマンドのすべてが詳細に解説されている.SHELXLプログラムには2013 年からいくつか新しいコマンドが追加されているが,これらももちろん解説されている.5章は構造精密化の基礎として,構造解析に関係する理論や数学について複雑にならない程度に解説した後,PLATON/SQUEEZEの利用や,双晶の解析,絶対配置決定について,非常に理解しやすい内容で記述されている.構造解析の初心者が記述のとおりに判断・解析することは難しいが,これらの解析は研究を論文化する上で重要になることがあるため,本書が困ったときの拠り所になるように思う.6 章は.lstファイルの読み方であり,ファイル中の見るべきポイントがまとめられている.上記のように,本書は特にこれから構造解析をはじめる(はじめたばかり)の人が,解析中に手が届くところに置いて逐次参考にするのに適した教科書であるように思う.構造解析の力をつけるには(構造解析に限らず,研究のすべてに共通することではあるが)自分で手を動かして経験することである.経験を積む過程で問題に直面した際に,本書は解決の糸口を得るための参考資料として有効であると思う.(東京大学大学院工学系研究科 星野 学)