ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No3

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概要

日本結晶学会誌Vol58No3

140 日本結晶学会誌 第58 巻 第3 号(2016)増野敦信,馬込栄輔,森吉千佳子上にある相(安定相)に対して,同じ組成で準安定相が存在する場合,この準安定相は安定相よりも低い融点(Tm’)をもつことが熱力学的に要請される.ここでもし準安定相の融点よりも低温まで融液の温度を下げられれば,融液から直接準安定相が結晶化し得る(図1b).1),17)-20)ここに無容器法を利用する意味がある.本稿では最近筆者らが合成し,その結晶構造と物性を明らかにした準安定相の研究について,概略を紹介する.21)-24)2.ガス浮遊炉無容器状態で融液を保持するには浮遊炉が用いられる.浮遊炉とは,重力に打ち勝つための外力を利用して宙に浮かせた物質を,非接触加熱によって溶融させる装置である.これまでに電磁力,静電引力,磁場などを用いたさまざまな浮遊炉が開発されている.それぞれ適用できる物質,雰囲気,温度などに制限があるため,目的によって使い分けられている.25)図2 に,外力としてガス流の風圧を利用したガス浮遊炉の概略を示す.ノズルに乗せた試料は下から吹き付けられるガスによって浮き上がり,CO2レーザーを照射して溶融する.吹き付けるガスの種類は問わないが,酸化物に対しては筆者らは酸素を用いている.試料の温度はパイロメータでチェックし,同時にCCDカメラで試料の拡大映像を見ながら,レーザーパワーやガス流量を微調整することで,安定した浮遊を保つ.一連の操作は制御用PC上で行う.試料のセット,溶融,凝固,取り出しまでに要する時間は,最短で1分程度である.これは通常のるつぼを使った溶融法において,電気炉の加熱,試料の溶融,冷却などを含めて数時間から一日かかるのと比べてきわめて短時間である.得られる試料は直径1 ~5 mm,重さ10 ~ 500 mgの塊状である.加熱し過ぎによる成分の蒸発さえ注意していれば,数時間以上安定に浮遊状態を保つことができるため,最近では過冷却液体の構造解析を目的として,放射光X線や中性子回折実験などでもガス浮遊炉が使われ始めている.26)-28)3.六方晶鉄酸化物磁性強誘電体3.1 ペロブスカイト構造と六方晶構造,Mn系とFe系RMnO3 (R:希土類)はR3+のイオン半径が大きいときペロブスカイト構造をとるが,イオン半径の減少に伴い構造歪みが増大し,不安定化する.結果として,Dy3+より小さくなると六方晶が安定相となる.YMnO3などの六方晶マンガン酸化物は磁性をもち,かつ強誘電体であることから古くから研究が盛んである.ペロブスカイト構造と六方晶構造の安定性の差はそれほど大きくないため,高圧法などによりこれらの相の安定性は比較的容易に逆転させられる.29)一方,RFeO3の場合,Sc3+以外のすべての希土類イオンに対してペロブスカイト構造が安定である.ただし,Fe3+とMn3+のイオン半径がほぼ同じであることを考えると,RFeO3 でもR3+のイオン半径が小さい場合,ペロブスカイト相と六方晶相の安定性は近づいていることが予想される.実際これまでに微粒子や薄膜において六方晶RFeO3の合成が報告されている.30),31)無容器法を用いた研究としては,2002 年Nagashioらによって,ガス浮遊炉でLuFeO3を処理すると準安定相が得られたとの報告がある.19)彼らは2006 年のin-situ XRD測定からその構造が六方晶であると推測したが,20)組成が決定されておらず,詳細な構造解析や物性計測も行われていなかった.そこでまず筆者らは無容器法で六方晶の単相を得ることから始め,その後精密結晶構造解析と各種物性測定を行った.3.2 準安定相六方晶LuFeO321),22)無容器法ではレーザー加熱を行うため,成分の揮発による組成ずれが見られることがある.そこでわれわれはLu-Fe-O系でLuとFeの比を少しずつ変えながら作製した原料焼結体を用意し,無容器でレーザー溶融,凝固させたところ,Lu:Fe = 1:1.1 のFe過剰の組成で六方晶LuFeO3 のほぼ単相が得られた.さらなるFe 過剰組成,Fe不足組成,いずれにも多くの未知相が含まれていたが,六方晶相以外はいまだ不明である.21)この単相試料について,SPring-8 BL02B2で25 keV(λ= 0.49849(3)A)のX線を用いて300 K で粉末回折実験を行った.Rietveld法による精密構造解析を行ったところ, 磁性強誘電体であるYMnO3と同様にc軸方向にpolar な空間群P63cmをもつことがわかった.中心対称性のあるP63/mmcである可能性も考慮したが,その場合,(3n+1 0 2m)の反射は禁制であるのに対して,明らかに(1 0 2),(1 0 4)反射によるピークが観測されたことからP63cmであると結論づけた.表1に決定した結晶構造パラメータを示す.Fe3+のz座標は中心対称性がない空間群であることから原点を指定するため,z= 0に固定図2 ガス浮遊炉.( Schematic illustration of an aerodynamiclevitation furnace.)