ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No3

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概要

日本結晶学会誌Vol58No3

134 日本結晶学会誌 第58 巻 第3 号(2016)野村紀通,岩田 想2.GLUT5 の機能と病態生理的意義ヒト・哺乳類細胞では,2つのタイプの内在性膜タンパク質が細胞膜を介した単糖の輸送機能を担っている.促進拡散型の糖輸送体GLUT(facilitative glucosetransporter;SLC2A,MFS[major facilitator superfamily])による受動輸送と, ナトリウムイオン共役型の糖輸送体SGLT(sodium-glucose cotransporter;SLC5A,SSF[sodium:solute symporter family])による能動輸送である.GLUTには14 種,SGLTには6 種のサブタイプが存在し,それぞれの基質特異性や組織局在性は異なり,生理学的役割も異なる.7),8)一部の糖輸送体はヒト疾患の創薬ターゲットとして阻害剤の開発が進められている.たとえば,SGLT2は近位尿細管において尿糖を再吸収する機能を担っているが,その阻害剤は尿糖の排泄を促しインスリン非依存的に血糖値を低下させる効果があるため,新しい作用機序の2 型糖尿病薬として注目されている.9)GLUT5はフルクトースに特異的な促進拡散型輸送体であり,グルコースやガラクトースなどの単糖は輸送しない.膜内外での基質の濃度差ポテンシャルに従って基質を透過・拡散させ,輸送に補因子を必要としない単輸送体(uniporter)である.GLUT5はSGLT1とともに小腸の絨毛上皮から単糖を吸収する機能を担っている.食物中の糖質は唾液や膵液中のα-アミラーゼにより二糖類にまで分解された後,小腸に到達すると小腸粘膜に存在するマルターゼ,スクラーゼ,α- デキストラナーゼにより単糖類に分解され,絨毛上皮から体内に吸収される.砂糖(スクロース)や甘味料由来のフルクトースはGLUT5により,グルコースはSGLT1によりそれぞれ腸管上皮細胞内に取り込まれ,門脈を経由して肝臓に入り代謝される(図1).GLUT5により過剰に取り込まれたフルクトースは肝臓でトリグリセリドに変換・蓄積され,肥満や非アルコール性脂肪肝などの原因となる.10)-12)これまでにGLUT5と糖尿病発症の直接的な因果関係は明らかになっていない.2型糖尿病患者では骨格筋と小腸においてGLUT5の発現レベルが顕著に亢進することが知られているが,13),14)その病態生理学的意義は不明である.3.GLUT5 の結晶化戦略ヒト疾患の治療薬標的となっている膜タンパク質の構造解析に向けて,2000年代半ば頃からターゲット膜タンパク質の大量発現技術,脂質キュービック相法などの結晶化技術,マイクロフォーカスビームを用いたX線回折データ測定技術などの開発に大きな進展があった.15)これにより膜タンパク質構造研究はいわゆる「第三世代」を迎え,「解ける構造を解く」から「解きたい構造をオンデマンドで解く」という研究スタイルに変貌を遂げた.ヒトGタンパク質共役受容体(GPCR)の結晶構造解析の成果が次々に報告されたのもこの時期である.16)このような流れの中で,筆者らは2007 年からGLUTの構造研究プロジェクトを開始した.GLUT5を解析ターゲットに選んだ理由は,さまざまなヒト・哺乳類GLUTサブタイプの中でラットGLUT5とウシGLUT5は出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの発現系を用いて比較的大量に安定な精製標品が調製できるという利点があり,GLUT構造研究のモデルとして適していると考えたためである.一般に膜タンパク質のX線結晶構造解析が困難である最大の要因は,回折データ収集に必要な良質の結晶が得られる確率がきわめて低い点である.疎水性表面(膜貫通部分)が大きく,分子間接触に寄与できる親水性表面が小さいため結晶格子が形成されにくい( 図2).また,膜輸送体は細胞内外への物質輸送という機能発現に伴い大規模にコンフォメーションが変化する.膜輸送体分子には複数の過渡的中間状態のコンフォメーション(基質輸送過程で生じる外開き-内開きのコンフォメーション間での動的平衡)が生じているため,分子の「かたち」の不均一性が結晶化を妨げる要因になる.さらに高親和性の阻害剤などのリガンド化合物を結合させれば構造揺らぎを抑えてエネルギー的に準安定な状態に制御することも可能であろうが,膜輸送体にはそうした高親和性のリガンド化合物が天然に存在しない,あるいは既知ではない場合が多い.またGPCRの結晶構造解析では,構造的に揺らぎが大きい細胞内第三ループ(ICL3)をT4リゾチームやアポシトクロムb562RIL(BRIL)で置換した融合タンパク質を作製して親水性ドメインを拡張し結晶性を向上させるという戦略が多用されるが,17)これはGPCRの構造フォールドが束一的であるという特質脂質キュービック相法 (Type I 3D 結晶)脂質二重層脂質キュービック相蒸気拡散法 (Type II 3D 結晶)抗体フラグメントを介した分子間接触により結晶格子の形成が促進される複合体形成により親水性表面を拡張界面活性剤ミセル膜蛋白質抗体フラグメント図2 抗体フラグメントを用いた膜タンパク質の結晶化.(Antibody fragment-assisted crystallization ofmembrane proteins).文献30)より改変して転載.