ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No2

ページ
54/72

このページは 日本結晶学会誌Vol58No2 の電子ブックに掲載されている54ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol58No2

106 日本結晶学会誌 第58 巻 第2 号(2016)新刊紹介X 線・中性子による構造解析大橋裕二 編著,植草秀裕,大原高志,小島優子,根本 隆 著東京化学同人(2015)定価 4,400 円+税ISBN 978-4-8079-0798-4近年結晶解析は分子の姿を見る手段として,盛んに用いられている.結晶解析の結果を保存しているデータベースの登録件数の増加ぶりが,如実にこの分野の研究の隆盛ぶりを表している.すでに結晶学や結晶解析が専門家のものでなくなって久しいし,結晶学の知識がなくても結晶解析ができる時代になっている.それでは結晶学の知識は知らなくていいのであろうか? 結晶解析をしていると多くの過程を経なければいけないし,よく途中で問題が生じる.結果が得られても,その評価は結晶学の知識があって初めてできる.こういうことができるよう,本書は結晶学の基礎知識を,新しく開発された方法やソフトウェアも含めて,提供した本といえる.この本は次の12章からなる.各章で述べられている内容の概略を挙げると,第1 章:結晶の周期性とX線では,20世紀初頭に始まった結晶学の歴史的事柄が述べられている.この章には世界で初めての回折写真や,そのころ用いられた装置などの写真も挙げられており,結晶解析の黎明期から現在盛んに使われるようになった放射光までが書かれている.第2 章:結晶とその対称性では,結晶の基本的性質である対称について書かれている.らせんや映進面などやそれらを表す記号が挙げられている.格子定数や空間群は,今ではコンピューターが表示してくれるようになっているが,結晶解析の最初の段階を間違いなく通過するにはこれらの知識が大事であろう.第3 章:X線の回折と電子密度では,X線が原子の集団でいかに散乱されるか,散乱光がどうのように干渉して回折点が観測されるかが述べられている.この章には実格子と逆格子の関係も述べられている.第4 章:回折強度の対称性と消滅則(空間群の判定)では,結晶内の分子の並び方と回折点の表れ方の関係が述べられている.第5章:回折強度と構造因子では,実際の結晶の諸性質(熱振動やモザイク)が回折点にどう反映されるかが書かれている.また,異常散乱や絶対構造についても触れている.第6章:構造因子の位相の決定では,回折点強度データから電子密度を導くには,各回折点の位相を決定する必要がある.この問題を解決する種々の方法・原理が述べられている.第7 章:構造の精密化では,6章で決定した結晶構造を,できるだけ正確にパラメーター(原子座標や温度因子)を決定する方法として,最小二乗法などが述べられている.第8 章:実際の構造解析(解析ソフトウェアの取り扱いとCIFファイル)では,結晶構造解析を行うにあたって,現在用いられている装置や,解析計算ソフトウェアの実際が述べられている.ここでは各種ソフトウェア使用例も紹介・説明されている.第9章:解析結果の整理では,結合距離や結合角などのほか,原子の熱振動を視覚化するソフトウェアが述べられている.第10 章:中性子構造解析では,X線と対比させながら中性子線の特徴が述べられている.中性子線は粒子線であり,X線とは異なり原子核で散乱され,X線の原子散乱因子に相当するのは中性子散乱長である.中性子線の特徴は,X線解析が苦手な水素など原子番号が若い原子を捉えることであり,反面苦手なことは,中性子線は透過性が良いので散乱が弱いことである.この章では,中性子の線源や,装置,それに中性子線の検出器が挙げられている.また,中性子構造解析の実例も紹介されている.第11 章:粉末構造解析では,その原理,構造解析の実験方法や計算方法などが述べられている.第12 章:薄膜の構造解析では,三次元的に周期性をもつ結晶とは異なり,膜からの回折を扱っている.この方法の特徴および方法の原理,適用例が述べられている.この本の内容の概略は以上のとおりである.この本は著者らが専門とする有機化合物を中心に書かれているが,原理は対象が有機化合物でもタンパク質やウイルスなど巨大分子でも共通である.この本には,近年解析例が増え始めた中性子解析が詳しく述べられていることが一つの特徴と言える.したがって,X線解析や中性子解析の原理・方法をじっくり勉強・参照するのに,この本は適していると言えるだろう.この本の巻末には付録として,主な元素における核種の存在比率と中性子散乱に関するパラメーターを挙げてあり,この表も参考になるであろう.(福山恵一)