ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No2

ページ
53/72

このページは 日本結晶学会誌Vol58No2 の電子ブックに掲載されている53ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol58No2

日本結晶学会誌 第58巻 第2号(2016) 105AsCA 2015参加報告ニワトリ卵白リゾチームの2つの結晶サンプルを用意していたが,実験のリーダーであったHenry Chapmanは迷わずPSIの実験を選択したというエピソードである.SACLAにおける照射サンプル第1 号が光合成光化学系II(PSII)結晶であったことに宿命のようなものを感じた.Chapmanらによるこの研究は2011年にNature誌に発表され,世界中に衝撃が走ったことは記憶に新しい.未発表の情報を含む最新の研究成果としては,ロドプシンとアレスチンとの複合体の構造解析,PSIの高分解能構造解析,imperfect crystalを用いた回折イメージングによる分解能改良,ポンププローブ法によるPSII の中間体構造解析の現状なども発表された.トークの最後に彼女は,「1,000 ヘルツでアト秒のパルス幅のFEL光を発振できるテーブルトップサイズの光源を造りたいと考えている.これがもし2,000万ドル程度の予算で作れるなら,きっと良いサイエンスができるだろうから電子顕微鏡よりは皆さんも手が出やすいでしょう.」と訴えた.彼女のトークは素晴らしく,会場からは拍手の渦が起こったが,筆者はPSIIの回折写真があまりにも衝撃的で胃にずっしりと重いものを感じていた.休憩時間に世間話をして初めてわかったことだが,そんなPetra であってもLCLSのビームタイムがここ3 年間ゼロだったという.SACLAと同様,XFELのビームタイムは申請数に対して大きく不足しており,ビームタイムの獲得競争は大変厳しくなっている.MS1では,Arun Shukla がGPCR-arrestinの複合体に関する報告を行い,Janesh Kumarがクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)による結果を含むリガンド作用型グルタミン酸受容体に関する報告を行っていた.2人ともアメリカのトップラボで華々しい成果を挙げてインドに凱旋帰国した若いPI である.近年,中国の研究グループからのトランスポーターやGPCRなどの膜タンパク質の構造解析の報告が著しく増えたが,近い将来インドでも同様の現象が起こるかもしれない.MS4では,北海道大学でのポスドク後にイギリスのMedicalResearch Council(MRC)のVenkatraman Ramakrishnan(2009年にノーベル化学賞を受賞)のラボでリボソームの研究を行ってきたYonggui Gaoが,Nanyang TechnologicalUniversityの自身のラボで展開している結晶構造解析とCryo-EMを併用したリボソーム関連研究について発表し,彼のポスドクもリボソームに結合するBipA(翻訳GTP加水分解酵素)について報告した.筆者もこのセッションで高等植物PSI の構造解析に関して発表した.Cryo-EMの名前を冠したMS9では,ABCトキシンやTLRシグナリングに関与するTIRドメインなどについて,結晶構造解析とCryo-EMの両者をうまく併用した研究内容の報告があった.また,タンパク質結晶構造解析のためのソフトウェアPhenix の開発にかかわっているTomTerwilligerの発表では,Cryo-EM用の構造解析を従来は逆空間で行っていたが,Phenixでは実空間でCryo-EMの電子密度マップを変換することなく直接構造解析に利用できるようになり,Morphingなどの機能が加わったことを発表していた.また,これらのインストラクションや,Cryo-EMから得られた座標の評価方法などについても発表していた.最終日には,1年後の同じ時期にAsCA 2016 がベトナムのハノイで開かれることがアナウンスされた.ハノイでは日本からの参加者が素晴らしい研究成果を発表し,今回の会議を上回る素晴らしい会議となることを期待したい.AsCA 2015では例年にも増して多くのポスター賞や若手奨励賞が設けられていた.受賞できる賞の数も多い一方で応募者の人数は少なく,日本結晶学会年会のポスター賞よりも敷居はずっと低いと思われた.受賞は研究の励みになるし,AsCAや日本結晶学会はトラベルサポートを設けているので大学院生や博士研究員は積極的に国際学会に参加することを勧めたい.筆者も日本結晶学会からの支援を受けてAsCA 2015 に参加することができ,自身の発表がきっかけで海外研究者と知り合うことができたので大変有意義な学会だったと感じている.さらに幸運にも(?)ボスのピンチヒッターとしてKeynotesessionのスピーカーを急遽引き受けざるを得ない状況に追い込まれる,という非常に貴重な経験をしたことで今回の学会は決して忘れられないものとなった.日本結晶学会にはこの場を借りてお礼申し上げる.またMS4のチェアーとして発表の機会を与えてくださり,さらに稀有な「インドマスター」としてインド滞在必須アイテムやその心得を惜しみなく伝授して下さった,東工大の村上聡先生には心から感謝申し上げる.図3 学会会場での写真左から東浦会員,中道会員,栗栖会員,筆者,西河会員(栗栖会員提供)