ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No2

概要

日本結晶学会誌Vol58No2

日本結晶学会誌 第58巻 第2号（2016） 91日本結晶学会誌 58，91-95（2016）最近の研究から1．はじめに世の中には青い血をもつ生物が存在する．軟体動物や節足動物である．これらの生物は，ヘモシアニンという銅含有タンパク質を用いて酸素を運搬するため，その血が青いのである．軟体動物のヘモシアニンは，分子量約330 ～ 450 kDa のサブユニットの10 量体，もしくはそれがさらに数十量体へと会合した巨大なタンパク質会合体であり，その分子量は数メガダルトンにも及ぶ．1）各サブユニットには，約50 kDaの配列の類似した機能ドメイン（Functional Unit，以下FUと記載する）が複数個繰り返して存在している．FUの数は生物種により異なり，多くの軟体動物は7 ～ 8 個のFUをもつが，12 個のFUをもつ貝も発見されている．軟体動物のヘモシアニンはその大きさや免疫原性の高さを利用して，免疫賦活剤や癌の治療薬，ハプテンのキャリアタンパク質などとして応用されている．2）分子機構の詳細な解明やさらなる応用研究に向け，高分解能の構造解析が切望されてきたが，巨大であることや解離しやすいことから結晶化は敬遠されることが多く，これまでは主にクライオ電子顕微鏡による構造解析が行われてきた．3）-6）本研究では分子量3.8 MDaのスルメイカ由来ヘモシアニンの全体構造を，X線結晶構造解析法にて3.0 Aの分解能で決定することに成功した．7），8）これは，軟体動物ヘモシアニンの全体構造のX線結晶構造解析の初めての報告であり，これにより，原子レベルでの全体構造や，FU同士の会合様式，糖鎖の役割などの詳細について議論が可能となった．本稿では，構造解析に至る一連の流れと，結晶構造解析により明らかになったヘモシアニンの会合様式について紹介する．2．結晶化函館港にて生け捕りにしたスルメイカから血リンパを採取し，結晶化に用いた（図1A）．初期結晶化スクリーニングの結果，複数の条件下で結晶が得られたが，各々超巨大タンパク質会合体ヘモシアニンのX 線結晶構造解析北海道大学大学院生命科学院　松野明日香北海道大学大学院先端生命科学研究院，独立行政法人科学技術振興機構 さきがけ　田中良和Asuka MATSUNO and Yoshikazu TANAKA: Crystal Structure Analysis of a HugeOxygen Transport Supermolecule HemocyaninMany molluscs use hemocyanin freely dissolved in hemolymph for oxygen transportation.Hemocyanin is one of the largest known proteins, of which total molecular mass is larger than3.3 MDa. Although molluscan hemocyanin is used as immunotherapeutic agents, their detailedstructures had not yet been revealed. As its enormous size and the propensity of dissociation hamperedcrystallization, structural studies have relied mainly on electron microscopy. To understand the oxygentransportation mechanism in detail and promote the biomedical application, high-resolution structurehas been desired for a long time. In this study, we successfully determined the X-ray crystal structureof the intact 3.8-MDa hemocyanin from Japanese flying squid at 3.0 A resolution, which revealed thedetailed molecular architecture of the supermolecule.11.21.41.61.822.22.4250 300 350 400 450 500Wavelength (nm)Absorbance(D)50nm(C)100μm(B)21112110054382920(kDa)(A)図1 ヘモシアニンの結晶．（Crystals of hemocyanin.）（A）スルメイカの血リンパのSDS-PAGE．ヘモシアニン（約380 kDa）のバンドのみが確認できる．（B）スルメイカの血リンパの結晶．（C）結晶をバッファーで溶解した試料のネガティブ染色電子顕微鏡像．（D）結晶の吸収スペクトル．酸素結合型ヘモシアニンの特徴である345 nm付近に吸収が見られる．これらの図は，Elsevierの許可を得て文献7）から転載した．