ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No2

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概要

日本結晶学会誌Vol58No2

日本結晶学会誌 第58巻 第2号(2016) 79日本結晶学会誌 58,79-84(2016)最近の研究から1.はじめに軌道角運動量は空間を伝播する波が共通にもちうるであろう自由度である.光の分野1)での発見に始まり,X線,2)電子,3)中性子4)とさまざまな粒子線にまで広がりを見せている.本稿では軌道角運動量をもち,空間を進行する電子ビームについて,その基本的な性質を解説し,最近の研究を紹介する.原子中に存在する電子は,ちょうど太陽のまわりを公転する地球のように,原子核のまわりを公転運動していると考えられている.公転の運動量は軌道角運動量と呼ばれ,公転軌道が真円の場合,質量mと接線速度vと回転半径rの積mvrで与えられる.量子論によれば,軌道角運動量の大きさはプランク定数h を2π で割った? の整数倍l?しかとりえない.ここでlは軌道角運動量量子数と呼ばれる.l = 0,1,2,3,…の軌道角運動量をもつ電子の軌道はそれぞれs,p,d,f,…と表され,軌道形状が異なる.l = 0 以外の軌道は球対称性をもたず,結晶構造や電子構造の異方性と密接にかかわっている.例えば,Mn系ペロブスカイト酸化物のなかには軌道異方性の変化を伴う構造相転移が見出されているが,これはMnの3d電子すなわちl = 2の電子の公転軌道の異方性によるものである.5)また,トポロジカル絶縁体の特異な表面電子状態の発現には波動関数のパリティが重要な役割を担っているが,このパリティは軌道角運動量に密接にかかわっている.6)自由空間を伝播する電子についても同様に,軌道角運動量の自由度が存在する.自由空間を伝播する電子は伝播方向に沿う並進運動量をもつが,軌道角運動量の自由度とはこの並進方向まわりの公転運動の自由度である.粒子がある直線のまわりを公転運動しながらその直線に沿って並進すると,その粒子の軌跡はらせん状になる.本稿で取り上げる軌道角運動量をもつ電子は,粒子的描像ではらせん軌道を描いて運動する荷電粒子である.波動的描像については次節で述べる.以下では,軌道角運動量をもつ電子ビームを「電子らせん波」または「電子渦波」と呼ぶ.質量をもつ荷電粒子の公転運動は,力のモーメントおよび磁気モーメントをもたらすため,軌道角運動量をもつ電子は物質へのトルク移送や,磁場および磁性体との相互作用が期待される.実際,これらの相互作用を利用した,ナノ材料のマニピュレーション7)や磁場および磁性体のイメージングへの応用8)-14)に関連する研究が進められている.結晶にかかわりの深いものとして,電子らせん波の軌道角運動量の向き,すなわち右巻きか左巻きかを利用した結晶左右掌性のイメージングへの応用に対する研究も進められている.15)また,電子らせん波と原子との非弾性散乱の散乱因子16)やマルチスライス法による電子らせん波の結晶中の伝播過程17),18)なども計算されている.以下,本稿ではスピン角運動量と区別するために単に角運動量と表記せず,軌道角運動量と明記する.2.軌道角運動量をもつ進行波軌道角運動量をもつ進行波の最初の例は光によるものであり,1956年にまで遡ることができる.19)1990年代に入り,ホログラム,20),21)らせん状位相板22),23)や,光学レンズ24)を用いて軌道角運動量をもつ光が生成されるようになり,基礎応用研究が始まった.光渦,すなわち光のらせん波が物体に回転運動を与える現象が発見され,光渦が軌道角運動量を担っていることが判明した.その後,物体を回転させる光ピンセット,中心に暗点(位相特異点)をもつことを利用した超分解能顕微鏡(STED)や天体観測(コロナグラフ),軌道角運動量の自由度(N個の異なる状態があるので,quNitと軌道角運動量をもつ電子ビーム名古屋大学未来材料・システム研究所 齋藤 晃埼玉工業大学先端科学研究所 内田正哉Koh SAITOH and Masaya UCHIDA: Electron Beam Carrying Orbital Angular MomentumOrbital angular momentum(OAM) is a physical quantity representing a magnitude of orbitalmotion of an object. Recently, it has been recognized that a propagating wave in free space, such asphoton, electron and neutron can similarly carry OAM. This OAM degree of freedom of electron beamhas been attracting a great attention not only for physical interest but also for its potential applications.This article gives you an idea of what propagating waves carrying OAM are and reviews recentprogress in researches of electron vortex beams.