ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No2

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概要

日本結晶学会誌Vol58No2

76 日本結晶学会誌 第58 巻 第2 号(2016)鈴木光明,山田道夫,前田 優,永瀬 茂,赤阪 健モデル32),35)の不一致に対して終止符を打つべく,われわれもSc2@C66の合成を試みたが,長らく合成できずにいた.これは,金属内包フラーレンの合成で用いられるアーク放電法では放電の制御が難しいことや装置依存性が大きいことが原因として挙げられる.ところが最近になって,13CをエンリッチしたSc 内包フラーレンを合成していたところ,Sc2@C66の生成を確認することができた.36)われわれの得た試料と文献の試料32)が同一の分子であることは13C NMRが一致することから確認した.二次元INADEQUATE(Incredible Natural Abundance DoubleQuantum Transfer Experiment)NMR測定では,直接結合した13C-13Cのカップリングに対応する21本のクロスピークが明瞭に観測され,炭素- 炭素結合のネットワークを帰属することができた.この二次元NMR解析から,われわれが合成したSc2@C66の分子構造は,構造Aとは異なる,構造Bを含む2種類に絞ることができた.これらは同じ結合ネットワークをもつため,二次元NMRで区別することはできない.このために種々の溶媒条件で結晶化を検討した結果,m- キシレンを良溶媒,n- ヘキサンを貧溶媒に用いた液- 液拡散法による共結晶化によって単結晶X線構造解析に適した単結晶を得た.図4 に示すように,単結晶X線構造解析によりSc2@C66は構造Bであることが決定され,2個のSc原子はケージ内部で2量体ではなく,4.90 A離れて局在化していた.この実験結果は,理論計算の結果34)と非常によく一致していることから,IPRを満たさない金属内包フラーレンにおいても熱力学的に安定なフラーレンが得られることが明らかになった.興味深いことに,この炭素ケージは,3 個の五員環が直線状に連結した不飽和直線状トリキナン(Unsaturated Linear Triquinane:ULT)構造(図4 中,黒線で示されている部分)を2 カ所に有している.また2 個のSc 原子は,それぞれがULT構造に近接している.ULT構造はこれまで例のない縮環構造であり,その芳香族性に興味がもたれる.芳香族性に関する磁気的な指標であるNICS値を計算したところ,ULT構造の中央の五員環中心のNICS値は,空のC66では+ 1.8 ppmと幾分反芳香族性であるのに対し,Sc2@C66 では- 21.9 ppmと大きく芳香族性になると算出された.このことから,通常は不安定なULT構造がSc原子の内包によって電子的に安定化を受けていることが示された.このようなULT構造を含む炭素ケージはどのような性質を有するのであろうか.ULT構造の歪みエネルギーは解消されていないので,高い化学反応性を示すことが推測される.37)近年,高い歪みを有するπ 電子系物質の合成が行われ,新しい構造と性質の解明が進められている.金属内包フラーレンの特異な分子構造に関する知見は,新しいπ 電子系物質群の合成戦略に資することが期待される.5.まとめ実験と理論計算の連携により分子構造が明らかにされた最近の金属内包フラーレンの構造解析について紹介した.金属内包フラーレンの構造解析では,空のフラーレンとは異なりIPRを必ずしも満たさないこと,内包金属原子由来の常磁性効果によりNMR解析が困難な場合があること,内包種の配置によって分子の対称性が変化する場合があることなどの理由により,単結晶X線構造解析や理論計算を含めた総合的な構造解析アプローチが非常に重要である.金属内包フラーレンの結晶化は,化図3 (a)粉末X 線回折データに基づき報告されたSc2@C2v (4348)-C66の構造(構造A),(b)理論計算から求められたSc2@C2v (4059)-C66の最適化構造(構造B).((a)Two orthogonal views of the structureof Sc2@C2v ( 4348)-C66 determined from the powderX-ray diffraction data. (b)Two orthogonal viewsof the optimized structure of Sc2@C2v ( 4059)-C66.)a:Reprinted with permission from Nature 408, 426(2000). Copyright 2000 Nature Publishing Group.図4 単結晶X線構造解析により明らかにされたSc2@C2v (4059)-C66の結晶構造.(Two orthogonalviews of the ORTEP drawing of Sc2@C2v ( 4059)-C66with thermal ellipsoids shown at the 50% probabilitylevel.)