ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No2

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概要

日本結晶学会誌Vol58No2

74 日本結晶学会誌 第58 巻 第2 号(2016)鈴木光明,山田道夫,前田 優,永瀬 茂,赤阪 健ている.単純に考えれば,空フラーレンで豊富に単離されるC2-C82ケージにLa原子が内包されると期待される.しかし,La原子からC82に3個の電子が移動するので,La@C82はLa3+C823-という電子構造を有する.そのためC2-C82ではなく,より電子親和力の大きいC2v-C82 への内包が有利になると考えられる.このことは,C823-で最安定な異性体はC2v-C823-であるという理論計算の結果によって支持される.8)フラーレンのケージ構造を決定するうえで,13C NMRは有力な手法の1つである.しかし,La@C82はLa原子からC82への3個の電子移動により常磁性を示すため,そのままでは13C NMRシグナルの観測が困難である.そこでわれわれは2000 年に,La@C82を一電子還元して反磁性のアニオン体を生成することで,13C NMRの測定に成功した.その結果,La@C82の炭素ケージが理論予測のとおりC2v対称であること,La原子がC2v-C82 のC2 軸上に位置することを明らかにした.9)一方,同時期にシンクロトロンを用いた粉末X線回折データの解析も行われ,La@C82の炭素ケージがC2v対称であり,La原子がC2 軸上の六員環側(図1a)に位置していることが報告された.10)球形のフラーレン類は一般に単結晶が得られにくく,また,結晶中で個々のフラーレンがくるくると回転運動することが知られている.一方,化学修飾により置換基を導入すると,結晶性が向上するとともに結晶内での回転運動が抑制されるので,単結晶の作製とその単結晶X線構造解析がしやすくなる.2004年にわれわれはLa@C82への高選択的なカルベン付加反応を開発し,その誘導体を高収率で合成することに成功した.11)誘導体のLa@C8(2 Ad)では嵩高いアダマンチリデン(Ad)の付加により結晶性が向上しており,良溶媒に二硫化炭素,貧溶媒にn-ヘキサンを用いた液-液拡散法により良好な単結晶を得ることができた.La@C8(2 Ad)の単結晶X線構造解析から,C2軸上の六員環側にLa原子が局在化していることが明らかとなった(図1b).この分子変換法はフラーレンの結晶性を高めることができることから,種々の金属内包フラーレンの構造決定にも有効である.これまでにM@C82(M=Sc,12)Y,13)Ce,14)Pr15)やSc3C2@C8016)などのさまざまな金属内包フラーレンに本反応を適用し,その分子構造の解明に成功している.5)ところでC2v-C82には非等価炭素が24 種類もあるので,カルベン付加反応においては数多くの位置異性体が生成してもおかしくはない.しかし実際には一種類の異性体が主生成物として高選択的に得られた.この高選択性をもたらす要因として,内包La原子の効果が考えられる.理論計算によれば,La原子に近接したケージ炭素はほかと比べて電子密度が大きい.このことから,求電子性カルベンであるアダマンチリデンが電子密度の大きなケージ炭素に高選択的に反応したと考えられる.また,La@C8(2 Ad)の単結晶について時間分解マイクロ波伝導度(TRMC)法により電荷移動度を測定したところ,10 cm2 V-1 s-1以上という,有機化合物としては最高レベルの電子移動度を示した.17) この高い電子移動度には,フラーレンケージの配向性に加えて,La@C8(2 Ad)のもつ不対電子の存在が寄与していると推察される.このことからも,金属内包フラーレンの特異な電子構造を利用することで,従来の有機分子を凌駕する性能をもった有機デバイスへの展開が期待される.3.Gd@C82 の分子構造Gd@C82 は,内包Gd原子の7個のf電子スピンに由来するプロトンの緩和効果が大きいことから,MRIの造影剤への応用が期待されている.18)Gd@C82は13C NMRによる構造解析が困難であり,2004年に粉末X線回折データを用いた構造解析が行われた.19)興味深いことに,Gd@C82ではほかのM@C82(M=Sc,12)Y,13)La,11)Ce,14)Pr,15)Sm,20)Dy,21)Yb22))とケージ構造は一致するものの金属原子の位置は大きく異なり,C2軸上のC?C結合に近接している図2a の構造とする結果が報告された.この“例外的”な金属原子の位置は,粉末法によって求められたEu@C82 の構造モデルにも見られる.23)これに対して溝呂木,永瀬は理論計算を行い,M@C82(M=Gd,Eu)において内包金属原子はいずれの場合も六員環側に位置する図1aの構造がM=Gdでは52 kcal mol-1,M=Euでは30 kcal mol-1も安定であり,図2aの構造は遷移状態であると報告した.24)このような実験と理論の不一致に対し,われわれはLa@C82で行ったようにカルベン付加反応を用いて誘導体を合成し,その単結晶X線構造解析を行うことによりGd@C82 のGd原子の位置を検証することにした.図1 (a)La@C82の最適化構造(,b)La@C8(2 Ad)の結晶構造(.(a)Optimized structure of La@C82(, b)ORTEPdrawing of La@C82 (Ad)with thermal ellipsoidsshown at the 50% probability level.)