ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No2

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概要

日本結晶学会誌Vol58No2

日本結晶学会誌 第58巻 第2号(2016) 71ぺロブスカイト型Li イオン伝導性酸化物の最近の研究動向を促進するであろう.d0イオンを含む酸化物で見られるSOJT効果は,格子振動モードと協調したイオンの変位によってエネルギーの安定化をもたらす.したがって,このSOJT効果によりBイオンがLi イオンから避けるように変位すれば,イオン拡散を促進する.SOJT効果によるエネルギーの利得は,図4に示したように空のd軌道と酸素の2p 軌道のエネルギー差が小さいほど,大きくなる.電気陰性度の大小(Nb5+,Ti4+> Ta5+> Zr4+)から考えると空のd 軌道と酸素の2p 軌道のエネルギー差は,その逆になり,エネルギーの利得はNb,Ti > Ta > Zrの順に大きい.したがって,この考え方はTi やNbを含む物質において高いイオン伝導度が得られていることと合致している.森分ら72)は,LLTOにおいてTiO6 八面体が変形,回転することによりその構造が大きく緩和し,活性化エネルギーを大幅に低下させていると提案している.また,LLTOによって構造解析によって得られているTiの原子変位パラメーター25)は,比較的大きい.これらは,SOJT効果と関係があるかもしれない.以上,Bイオンと酸素間の共有結合性に関係するSOJT効果は,Pv型Li イオン伝導性酸化物において,Aサイト欠陥の安定性だけでなく,Bイオンおよび酸化物イオンのフレキシブルな変位をもたらし,高速イオン拡散において重要な役割を担っている可能性がある.80)7.おわりに本稿では,主に結晶化学的見地から行われたPv型Liイオン伝導性酸化物に関する研究の最近の動向について述べた.その中で構造,化学結合性とイオン伝導性の関係を意識しながらまとめた.読者の皆様が少しでも関心をもっていただければ望外の喜びである.また,SOJT効果との関係について取り上げた.3で述べたように既報のPv型Liイオン伝導性酸化物はすべてBサイトにd0 イオンを含み,SOJT効果はAサイト欠陥の安定化に不可欠である.6 の内容はまだ予想が含まれているが,SOJT効果とイオン拡散の関係について言及した.NASICON型Li イオン伝導体81)やガーネット型Li イオン伝導体82)などでも,Ti4+やZr4+などのd0イオンを含むものが多く見られ,SOJT効果が関係しているように思われる.しかし,SOJT効果がイオン拡散にもたらす影響を確信できるデータはまだ不十分であり,Pvに限らずSOJT効果とイオン拡散との関係を明らかにし,SOJT効果を利用したイオン伝導体の設計指針を獲得する必要がある.また,ここ十年,特に計算機を用いた電子論的アプローチに基づく研究,TEMを用いた微小領域の構造解析に関する研究が多く見られ,新しい知見も得られてきた.電子構造に基づく化学結合性,局所構造,イオン伝導性の関係についてさらに理解が深まることを期待する.そして,今回は紙面の関係で応用について触れなかったが,電池の固体電解質として応用する場合,イオン伝導性とともに電気化学的安定性が重要な要素となる.LLTOはLi金属により還元を受けるため,負極としてLi金属を使用できない.LUMOにあたる空の伝導帯はTi3d とO2p軌道の反結合性軌道からなり,Li のHOMOの準位に比べて低いためである.そこで,耐Li 還元のためにLUMOをLi のHOMOより高くする,すなわち軌道の準位が高位置にある(電気陰性度が低い)元素の選択が必要であり,化学結合に基づく物質設計が不可欠である.最後に,第一原理計算についてご教授いただき,電子構造計算に関する研究論文の結果について議論していただいた名古屋工業大学の中山将伸准教授,物質・材料研究機構および筑波大学の大野隆央教授,物質・材料研究機構の池田 稔博士,そして遅々として進まない原稿を辛抱強く待ってくださいました編集委員ならびに編集部の皆様に感謝申し上げます.本稿の一部は,JST ALCA-SPRINGのプロジェクト研究の過程で着想を得て纏めたものである.文 献1) R. Kanno, et al.: J. Electrochem. Soc. 148, A742( 2001).2) N. Kamaya, et al.: Nature Mater. 10, 682( 2011).3) F. Mizuno, et al.: Adv. Mater. 17, 918( 2005).4) M. Tatsumisago, et al.: J. Asian Ceram. Soc. 1, 17( 2013).5) a)S. Stramare, et al.: Chem. Mater. 15, 3974( 2003); b)Y. Inaguma: J.Ceram. Soc. Jpn. 114, 1103( 2006); c)O. Bohnke: Solid State Ionics179, 9( 2008).6) 稲熊宜之:セラミックス 43, 540( 2008).7) L. Latie, et al.: J. Solid State Chem. 51, 293( 1984).8) A. G. Belous, et al.: Izv. Akad. Nauk SSSR, Neorg. Mater. 23, 470( 1987).[English translation: Inorg. Mater. 23, 412(1987).]9) a)Y. Inaguma, et al.: Solid State Commun. 86, 689 (1993); b)Y.Inaguma, et al.: Solid State Ionics 70-71, 196( 1994).10) M. Itoh, et al.: Solid State Ionics 70-71, 203( 1994).11) H. Kawai, et al.: J. Electrochem. Soc. 141, L78( 1994).12) K. Momma et al.: J. Appl. Crystallogr. 44, 1272( 2011).13) R. H. Mitchell: Pervoskites: Modern and Ancient, Almaz Press( 2002).14) 日本化学会編:ペロブスカイト関連化合物:機能の宝庫, 学会出版センター( 1997).15) a)A. Glazer: Acta Crystallogr. B 28, 3384 (1972); b)A. Glazer:Acta Crystallogr. A 31, 756( 1975).16) a)P. Woodward: Acta Crystallogr. B 53, 32 (1997); b)P.Woodward: Acta Crystallogr. B 53, 44( 1997).17) a)C. Howard, et al.: Acta Crystallogr. B 54, 782 (1998); b)C.Howard, et al.: Acta Crystallogr. B 58, 565( 2002).18) K. Aleksandrov: Ferroelectrics 14, 801( 1976).19) S. Sasaki, et al.: Acta Crystallogr. C 43, 1668( 1987).20) M. Abe, et al.: Mater. Res. Bull. 9, 147( 1974).21) P. N. Iyer, et al.: Acta Crystallogr. 23, 740( 1967).22) B. J. Kennedy, et al.: J. Solid State Chem. 177, 4552( 2004).23) G. King, et al.: J. Mater. Chem. 20, 5785( 2010).24) a)I. Bersuker: Chem. Rev. 113, 1351( 2013); b)I. Bersuker: Phys.Lett. 20, 589( 1966); c)R. Wheeler, et al.: J. Am. Chem. Soc. 108,2222 (1986); d)M. Kunz, et al.: J. Solid State Chem. 115, 395(1995); e)P. Halasyamani, et al.: Chem. Mater. 10, 2753( 1998).