ブックタイトル日本結晶学会誌Vol58No2

概要

日本結晶学会誌Vol58No2

62 日本結晶学会誌 第58 巻 第2 号（2016）日本結晶学会誌 58，62-72（2016）総合報告1．はじめにイオン伝導性固体とは，一般に融点よりかなり低い温度においてある特定のイオン（伝導イオン）が拡散する固体物質をさす．伝導イオンと骨格との間の静電的相互作用を考えると，低価数でイオン半径の大きいイオンの拡散が有利であり，陽イオンとしてAg+，Cu+，Na+，Cs+，K+，Li+，陰イオンとしてO2－，F－，H－などのイオンが拡散種として知られている．例えばぺロブスカイト（Pv）型リチウム（Li）イオン伝導性酸化物の1 つであるLa2/3－xLi3xTiO3（以下ではLLTOと略す）のイオン伝導度は，室温で10－3 S/cmであり，拡散するLi+イオン間の相互作用がないと仮定し，以下のネルンスト－アインシュタインの関係を使ってこの伝導度から拡散係数Dを見積もるとD ～ 3 × 10－8 cm2/sに達する．ランダムな拡散を仮定するとあるLi イオンは1 秒間に～ √Dt???1?μm進む．この距離はPvの約3,000 格子分に相当する．σiii iDc qkT=2（1）ただし，σi はイオンi のイオン伝導度，Diはi の拡散係数，ciはiの濃度，qiはiの電荷，kはボルツマン定数，Tは温度である．イオン伝導性固体の中で，Liイオン伝導性固体はLi固体電池の固体電解質として応用できる可能性をもち，基礎的な見地とともに応用上も注目されている．その中で近年，菅野ら1），2）や辰巳砂ら3）のグループによって硫化物系のLi イオン伝導体が，10－3 ～ 10－2 S/cmの高いイオン伝導度を示すことが報告され，これらのイオン伝導体を固体電解質として用いた全固体電池の開発研究4）が精力的に進められている．図1に代表的なLiイオン伝導性固体のイオン伝導度の温度依存性を示す．現在室温で最も高いLiイオン伝導度を示す物質は菅野ら2）が報告した硫化物Li10GeP2S12であり，イオン伝導度は10－2 Scm－1と液体電解質を上回る．硫化物では，硫黄が酸素よりも高い分極率をもち，イオン拡散を促進すると考えられており，硫化物系のほうが有利である．一方，次世代の固体電池を考えた場合，酸化物は硫化物に比べて空気中で安定で取扱いが容易であることから，高いイオン伝導度を示す酸化物系Li イオン伝導体（固体電解質）が切望されている．その中でPv型Li イオン伝導性酸ぺロブスカイト型Li イオン伝導性酸化物の最近の研究動向学習院大学理学部化学科　稲熊宜之Yoshiyuki INAGUMA: A Review of Recent Research on Perovskite-Type Lithium Ion-Conducting OxidesPerovskite-type oxides with a chemical formula of ABO3 exhibit various functional properties.Among them, lithium ion-conducting oxides with A-site deficient perovskite-type structure such asLa2/3－xLi3xTiO3 show fast lithium ion conductivity of 10－5 to 10－3 S/cm at room temperature. Thehigh conductivity is attributable to the percolation-controlled diffusion of lithium ions in the vicinityof A-site via vacancy. In this report, recent research on perovskite-type lithium ion-conductingoxides are reviewed in terms of crystal structure including microstructure, and chemical bond. Therelationship among structure, chemical bond, especially second-order Jahn-Teller effect attributable tothe covalent bond between B ion with d0 electronic configuration and O ion, and lithium-ion diffusionare discussed.図1 代表的なリチウムイオン伝導性固体のイオン伝導度の温度依存性．（Temperature dependencies of ionicconductivity of well-known Li ion conducting solids.）