ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No6

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概要

日本結晶学会誌Vol57No6

318 日本結晶学会誌 第57 巻 第6 号(2015)沼田倫征,大澤拓生編集ツールとして注目を集めているのはII型エフェクター複合体であり,Cas9と呼ばれるDNAエンドヌクレアーゼ,crRNAおよびtracrRNA(trans-activating crRNA)から構成されている.これまでに標的DNAと結合したII 型エフェクター複合体の結晶構造が報告され,Cas9がcrRNA依存的に標的となる2本鎖DNAを切断するしくみが解明されている.7)I 型エフェクター複合体はCascade(CRISPR-associated complex for antiviral defense)とも呼ばれ,crRNAと5種類のCasタンパク質(Cse1,Cse2,Cas5,Cas6,Cas7)が1:2:1:1:6のストイキオメトリーで会合した複合体である.8)CascadeにはDNA分解活性はなく,Cascadeが標的DNAを捕らえた後,ヌクレアーゼ/ヘリケースであるCas3がリクルートされ2 本鎖DNAを分解する.3)最近になり,1本鎖DNAと結合したCascadeの結晶構造が解析され,標的DNAを捕らえるしくみが解明されるとともに,Cas3をリクルートして標的を分解する分子基盤が明らかとなりつつある.9)このようにI 型およびII 型エフェクター複合体については結晶構造が解析され作動原理の解明が進んでいるのに対して,III 型エフェクター複合体については低分解能(12~ 26 A程度)のクライオ電子顕微鏡構造が決定されていたにすぎず,10)-13)標的RNAを捕らえて分解するしくみは未解明であった.III型エフェクター複合体はさらにIII-A型のCsm複合体とIII-B型のCmr複合体に分かれる.Cmr複合体は6種類のCasタンパク質(Cmr1 ~ Cmr6)とcrRNAから構成されている.5)Cmr複合体に含まれるcrRNAは5’ 側に8 ヌクレオチド(nt)のタグ配列(crRNAに固有の配列),続いて31もしくは37 ntのガイド配列(ウイルス核酸に由来する配列)をもち,Cmr複合体はガイド配列と相補的なRNAを捕らえて分解する.5)質量分析法およびクライオ電子顕微鏡による解析から,Cmr複合体は複数個のCmr4およびCmr5サブユニットを含むことが示唆(一方,ほかのサブユニットは1分子ずつ含まれることが示唆)されていた.11),12)また,生化学的な解析から,Cmr複合体が標的RNAを複数カ所で切断することが明らかとなり,Cmr4が標的の切断にかかわる触媒サブユニットである可能性が指摘されていた.11),14),15)しかしながら,Cmr複合体の結晶構造が決定されておらず,標的RNAを切断する詳細なしくみは理解されていなかった.本稿では,Cmr複合体の作動原理を解明するために取り組んできた結晶構造解析と生化学的解析を中心に解説するとともに,I 型およびIII 型エフェクター複合体の分子進化についても紹介する.16)2.Cmr 複合体の再構成まず,個々のCmrタンパク質サブユニットを調製して複合体の再構成を試みたが,可溶性への発現が困難なサブユニットもあり,結晶化に適したCmr複合体を再構成することはできなかった.そこで,Cmrタンパク質をコードする遺伝子群がゲノム上でオペロンを形成していることに注目し,オペロン遺伝子を発現ベクターにクローニングして,相互作用しあうサブユニットどうしの大腸菌内における共発現を検討した.その結果,Cmr2-Cmr3とCmr4-Cmr5-Cmr6をそれぞれサブユニット複合体として調製した.精製したPyrococcus furiosus由来Cmrタンパク質とcrRNAを用いてCmr複合体を再構成し,標的RNAの切断活性を検討したところ,crRNAのガイド鎖依存的に標的RNAを切断する活性を確認した.しかしながら,P. furiosus由来Cmr複合体の結晶を得ることはできなかった.また,アーキアArchaeoglobus fulgidus由来のCmr複合体についても検討したが,複合体の結晶化には至らなかった.P. furiosus とA. fulgidus由来のCmrタンパク質には27.1 ~ 42.2%のアミノ酸配列の相同性がある.そこで,異種間におけるCmr複合体の再構成を検討したところ,P. furiosus由来Cmr2-Cmr3サブユニット複合体とA.fulgidus由来Cmr4-Cmr5-Cmr6サブユニット複合体が相互作用することが判明した.さらに,この異種間複合体がP. furiosus由来crRNAと会合して,Cmr1がなくても標的RNAを切断することが明らかとなった.したがって, この複合体(Cmr1-deficient chimeric Cmr複合体:ChiCmrΔ1複合体)が機能的な構造を保持していると考え,ChiCmrΔ1複合体の結晶化を目指した.3.Cmr 複合体の結晶化と構造決定結晶化条件をスクリーニングしたところ,いくつかの条件で結晶が得られたが,分解能は7 A 程度であり構造解析に適した回折データを得ることはできなかった.次に,39 ntのcrRNAを含んだChiCmrΔ1複合体と標的アナログ(標的RNAと同じ配列をもった31 ntのDNA)を混合して結晶化条件をスクリーニングした結果,分解能3~ 4 A 程度の反射を与える結晶が得られた.しかしながら,回折像が悪く,また,回折データの質も結晶間で大きく異なり,位相を決定することができなかった.そこで,クライオ条件を検討した結果,クライオプロテクタントにPEG400とトレハロースを用いることで,2.1 ~2.5 A分解能の良質な回折データを安定して収集できるようになることが判明した.17)最終的に,この条件下でX線回折データを測定してMR-SAD法で位相を決定し,2.1 A分解能で標的アナログと結合したChiCmrΔ1 複合体の結晶構造を決定した.4.Cmr 複合体の全体構造ChiCmrΔ1複合体は,Cmr4を3分子(Cmr4.1 ~ Cmr4.3),Cmr5を2 分子(Cmr5.1とCmr5.2),それ以外のタンパク