ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No6

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概要

日本結晶学会誌Vol57No6

日本結晶学会誌 第57巻 第6号(2015) 351新刊紹介結晶化学への招待-結晶とX 線宮前 博 著三共出版(2015)定価 2,500 円+税ISBN 978-4-7827-0730-2結晶学という講義名がある学部や学科は多くはないと思われるが,私が所属した兵庫県立大学理学部では,SPring-8に隣接しており,放射光を利用する教員・院生が多い関係からか,「結晶学」の講義が学部2 年後期に設定されている.理学部は物質科学科と生命科学科の2学科から構成され,物質科学科には数学,物理,化学の教員が所属しているため,卒研生や大学院生が利用する放射光実験の内容も広く,これらの学生のニーズにあった結晶学の講義が必要になる.一方,2年生の講義ということで,ほかの講義との関連も考えた基礎的な内容が求められる.結果として,対称性と回折理論の基礎の理解を目的とした講義を行った.ここで問題となったのは,講義の内容と合致した適当な教科書が見つからないことであった.今回紹介する宮前博氏の「結晶化学への招待-結晶とX線」は,結晶構造解析をはじめる院生向けの参考書ではなく,結晶学(対称性とX線回折)の基礎を学部学生に講義する教科書として利用できる数少ない1冊ではないかと思われる.理学部化学科の3年生を対象とした結晶学の講義資料をもとに執筆されたとまえがきに書かれている.この本では,結晶学の理解に必要な基礎的な専門知識,特に対称性に関する説明が多くの図を用いてわかりやすく書かれている.本文は12 章からなり,第1 章の「結晶とは」では,序章として各晶系に属する鉱物結晶の典型的な形がイラストで描かれているのが印象的である.2章から4章までの36ページで結晶の対称性について丁寧に説明されている.「結晶の対称性I」として32 の晶族(点群)に関係した点対称の説明,「結晶の対称性II」として晶系とブラベ格子,「結晶の対称性III」として空間群に関係した並進を含む対称要素の説明がある.次の5章と6 章では,「X線」および「人類初のX線結晶構造解析」としてX線の発見と人類初の回折実験の歴史が書かれ,特にレントゲン夫妻やラウエの人物写真,硫酸銅五水和物の最初の回折像が載せてあり,私だけではなく読者も興味深いのではないかと思われる.7章の「波の表現」では,構造解析や回折現象を理解する上で必要な数学的基礎である波の複素数表現とフーリエ変換の説明があり,講義などでは構造因子から電子密度が求まる説明においておおいに役立つことが期待される.8 章の「結晶とX線の相互作用」では,1 つまたは2 つの小さな穴を通過した単色光の回折パターンや二次元周期配列した点や線による回折パターンの写真が掲載されてインパクトがある.また,DNAのらせん構造に対応したらせんパターンによる回折像も示され,大変に興味深い.9 章の「構造因子」の章では原子散乱因子から構造因子の説明があり,10 章の「X線回折実験」ではエバルト球などの実験条件や構造因子などについて説明されている.11章「X線構造解析の実際」では著者の経験に基づく構造解析を行う上での注意点,最後の12 章「X線以外の波動を利用した回折」では電子線回折と中性子回折について簡単な説明がある.本書には,「コラム」として“江戸の伝統模様”を使った周期パターンの説明などがあり,また「休憩室」として“言葉で対称性を楽しむ-回文”の欄もあり,著者の趣味の広さに驚くとともに読者の頭をリフレッシュする効果も期待される.また,「問題」や「質問コーナー」も学習する上で効果的に配置されているように思われる.ただ,ちょっと気になる点として,3章の冒頭で,「32の晶族は対称性のあった座標軸のとり方で6つないし7つに分類できる.」と説明され,また結晶系について「最近は7 つの分類を6 つにすることが多い」として三方晶系を六方晶系に含める場合があると書かれている.念のため,International Tables for Crystallography, Volume Aを見てみると“Crystal systems classify space groups andcrystallographic point groups but not lattice types.”と記載され,7 つの晶系に分類されている.また,crystal familyの説明では“230の空間群は6つのカテゴリーに分類され,hexagonalとtrigonalは同じカテゴリーに含まれる”とある.結晶系などの専門用語をわかりやすく精確に説明するのは難しく,ほかの本でも正しく説明されていないことが多いように感じる.International Tables forCrystallographyの説明に従って,誤解のないように説明されることを期待したい.その他,4 回回転軸などの記号の方向が不統一な点や,少数ではあるが,気になる説明や誤字なども見られるので,今後の修正を期待したい.(鳥海幸四郎)