ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No6

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概要

日本結晶学会誌Vol57No6

348 日本結晶学会誌 第57 巻 第6 号(2015)緒方英明ンのどちらの状態をとっているのかこれまでの分光学的実験や理論計算ではどちらの可能性も示唆されており,はっきりとわかっていなかった.そこでNi原子に配位しているS原子との結合距離をみると,4つのS原子のうちCys549のみ結合距離(2.54 A)が長くなっていることが示された(ほかの硫黄原子は2.3 A以下であった).図5 に示すように,Niに配位している3 つのシステイン残基とH-と,ブリッジ配位しているシステイン残基(Cys549)によって,Ni原子の配位構造は四角錐形を構成していた.これによってNi原子が低スピン状態であることが示唆された(次章参照).水素分子が分解され生じたプロトンは,[NiFe]活性中心から分子表面へと移動すると考えられる.EPR分光法によって,Ni原子に配位している4 つのシステイン残基のうちの1 つがこのプロトンの最初のアクセプターであると予想されていた.図4に示すようにFo-FcオミットマップからCys546のS原子の近傍に電子密度が観測された.このピークとS原子までの距離は約1.1 A であり,S-H結合の理論値1.2 Aと非常に近い値であった.このことからCys546がプロトンの最初のアクセプターであることがわかった.5.核共鳴振動分光法NRVSによるFe-ヒドリドの振動状態5.1 57Fe核共鳴振動分光法結晶構造解析とは少し話題が離れるが,放射光を用いた核共鳴振動分光法によりFe-H-の振動状態の観測に成功したので紹介する.最も還元された状態であるNi-R型ではNi原子はNi (Ⅱ)であるためEPR分光法では観測できず,その電子状態はほとんど明らかになっていなかった.また,FTIR分光法で直接Fe-H-の振動状態を検出するのは非常に難しい.そこで近年生体分子での研究が進んできた核共鳴振動分光法NRVSを用い,Ni-R型の活性中心の振動状態を明らかにすることを目指した.NRVS法は原子核の共鳴準位のエネルギーに近いX線を照射し,フォノンの生成消滅を伴う原子核励起を起こすことにより特定の原子の振動状態を調べる分光法である.18)これはシンクロトロン放射光の利用により初めて測定可能になった方法である.NRVSの利点は,共鳴ラマン分光法や赤外分光法と比較して遷移禁則がないためすべての状態を測定することが可能である点である.これまでにヘム鉄,ハロゲナーゼSyrB2,ニトロゲナーゼや[Fe]ヒドロゲナーゼなどで活性部位におけるFe-リガンドの振動状態の先行研究が報告されている.18-21)NRVS法ではメスバウアー法と同様にFe 同位体(57Fe)の試料が必要となるが,本研究では硫酸鉄(57FeSO4)と最小培地を用いてガラス培養装置(10 L)で菌体培養し精製した[NiFe]ヒドロゲナーゼを用い,NRVS実験を行った.精製は空気中で行ったためNi-R型の試料としてH2で還元したものとD2で還元したものを準備した.NRVSデータは主にSPring-8 のビームラインBL09XUとBL19LXUで収集した.5.2 Fe-H-の振動状態11)[NiFe]ヒドロゲナーゼのNRVS測定に先立って,[NiFe]活性中心を模したモデル化合物のNRVS測定とそのDFT計算を行ったところ,Ni-H--Fe のWag モード(対称面外変角縦揺れ)が存在することが予想された.モデル化合物と異なり,[NiFe]ヒドロゲナーゼの場合,分子内のFe原子が多くNRVS測定においてFe-リガンドのNRVSシグナルが重複してしまう可能性があった.しかしながらFeSクラスターのFe 原子のNRVSシグナルと,[NiFe]活性中心のFe-CO,CN-のNRVSシグナルはうまく分離していたので大きな問題にはならなかった.FeSクラスターのFe 原子の振動モードは<420 cm-1に見出された. 図6に示すように[NiFe] 活性中心の振動モードは>420 cm-1の高エネルギー側に現れ,Fe-CN-やFe-COの伸縮モード,Fe-C-Oの変角モードを観測できた(420 ~ 640 cm-1).さらに高エネルギー側図4 [NiFe]活性中心の構造(.Structure of the[ NiFe] activesite.)数値は結合距離(A)を表す.電子密度図はFo-Fc オミットマップ(6σ カットオフ)で,水素原子のみを示した.図5 Ni原子の配位構造.(Geometry of the Ni site.)(A)Ni-R型の結晶構造から得られた結合距離(A)と角度(°)を示す.(B)DFT計算から得られたNi-C型の構造.17)