ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No6

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概要

日本結晶学会誌Vol57No6

日本結晶学会誌 第57巻 第6号(2015) 347ヒドロゲナーゼの超高分解能X線結晶構造解析ことができた(表2).また,Ni-Fe 間の距離は2.57 A であり,これは弱い金属-金属結合を形成していると示唆された.水分子の水素原子の電子密度も見える範囲で同定した.水素原子が同定できた水分子のほとんどはアミノ酸との水素結合を作っているものであった.一例として,大サブユニットのC末端に位置しているMgイオン周辺に配位している水分子の水素原子の電子密度を図2 に示す.これらの水分子は周辺のアミノ酸と水素結合により安定化されていることがわかった.中性子回折では原子核の位置を決定でき,X線回折では電子密度分布を決定できる.水素に比べて重い原子(例えば炭素など)に結合した水素の電子密度のピークが重い原子側に現れることが知られている.14)図3に示すように,水素原子の電子密度のピークは中性子回折で決定される核-核距離よりも約0.2 A ほど結合原子側に近い場所に見出された.この電子密度のピークはX線回折での水素原子のライディングモデルからもわずかにずれた位置(約0.1 A)に見出される場合が多かった.4.[NiFe]活性中心におけるヒドリドの検出一般に,X線結晶構造解析では金属原子近傍の原子を検出することは難しい.これは,電子密度図上に現れるフーリエ変換の副極大の影響(Fourier truncation ripple:以下リップルノイズと呼ぶ)を受けるためであり,その影響の程度は回折データの分解能と原子の温度因子に依存することが知られている.15,16)例えば,ニトロゲナーゼのFeMocoクラスターの解析において,1.16 A分解能では,鉄原子に囲まれている中心部分は空であると報告されたが,その後のより高分解能(1.0 A)の結晶構造では炭素原子が配位していることが示された.16)これは,1.16 A 分解能データでは中心部分の電子密度が,本来あるべき炭素原子の電子密度と,その配位子である6 つのFe原子によって引き起こされたリップルノイズによってちょうど打ち消しあってしまったからである.このように重原子近傍の電子密度にはリップルノイズの影響が大きいので注意しなければならない.Fo-Fcマップは2Fo-Fc マップよりリップルノイズの影響を受けにくいとされている.そこで,本研究では異なる結晶からのデータ,かつ,異なった分解能のデータ由来のFo-Fcマップ上の電子密度を注意深く比較した.0.89 A分解能のデータから,[NiFe]活性中心のNi原子近傍の50アミノ酸残基の水素原子(378 個)のうち,約350 個を電子密度図上で確認することができた.さらに,Ni原子とFe原子をブリッジしている第3ブリッジ配位子に相当する位置と,システイン残基(Cys546)のS原子付近にそれぞれ小さな電子密度があり,水素原子の相対的電子密度を比較することによって,これらがヒドリド(H-)とプロトン(H+)であることを見出した(図4).Ni原子とH-との距離は1.58 A,また,Fe原子とH-の距離は1.78 Aであり,H-ブリッジ配位子は非対称に配位していた.また,水素原子の相対的電子密度と温度因子の相関を調べたところ,[NiFe]活性中心近傍のアミノ酸の水素原子については相対電子密度の平均値が3.2 であったのに対し,ブリッジ配位子の相対電子密度は6.7と約2 倍の値となり,システイン残基に配位している水素原子の相対電子密度は4.5であった.また1.06 A分解能のデータにおいても,ほぼ同様の電子密度が得られたので,リップルノイズによる影響はないと示唆された.この分解能で水素原子の電子密度を見るには,低分解能側データの高い冗長度と,各アミノ酸ごとにFo-Fc オミットマップを逐次計算することが効果的であった.Ni(Ⅱ)原子のスピン状態は,低スピンまたは高スピ図2 水分子の電子密度図.(Electron density of the watermolecules.)大サブユニットのC末端のMgイオン周辺には水分子が配位してる.水素原子の電子密度図から水分子の配向を決定した.図3 水素原子の電子密度図.(Electron density of thehydrogen atoms.)例としてGly555の電子密度を示した.HX はX線回折のライディングモデル,HNは中性子回折のライディングモデルである.HはFo-Fcオミットマップから得られた電子密度のピーク位置を表す.数値の単位はA.