ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No6

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概要

日本結晶学会誌Vol57No6

344 日本結晶学会誌 第57 巻 第6 号(2015)日本結晶学会誌 57,344-349(2015)最近の研究から1.はじめにヒドロゲナーゼは多くの微生物がもつ金属酵素で,水素分子の分解や合成を触媒する.1,2)その水素触媒能力は高価なプラチナなどを用いた化学触媒と同等以上の効率とされる.この酵素を模範にした安価な人工触媒や燃料電池の開発への応用も含めてさまざまな基礎研究が進められている.ヒドロゲナーゼは活性中心を構成する金属種により主に3 つのタイプが知られている([NiFe],[FeFe]と[Fe]ヒドロゲナーゼ).図1A に示すように,[NiFe]ヒドロゲナーゼはそのタンパク質分子中で触媒反応を担う中心部分にNiとFe 原子([NiFe]活性中心)をもっている.3,4)この[NiFe]活性中心は4つのシステイン残基によって支えられている構造をもっている.このうちFe原子には2つのシアン化物イオン(CN-)と1つの一酸化炭素(CO)が配位している(図1B).[NiFe]ヒドロゲナーゼには,酸素耐性型と酸素感受性型(標準型)の2種類がある.どちらも[NiFe]活性中心はほぼ同じであるが,近位の鉄硫黄クラスターが大きく異なっている.5)酸素耐性型では特異な[4Fe3S]クラスターが6 つのシステイン残基によって保持されているのに対し,標準型は通常の[4Fe4S]クラスターである.標準型[NiFe]ヒドロゲナーゼを空気中にとりだすと,[NiFe]活性中心は触媒活性を示さない「不活性型」になる.不活性型は,Ni原子とFe原子の間にヒドロキシ(OH-)イオンが結合しており,さらにNi原子周辺の部分も酸素原子の修飾を受けて複雑な構造(例えばシステイン残基がスルフィン化されている)をもっている.5,6)この酸化状態を水素で還元すると,OH-配位子が外れ触媒活性を示す「活性型」と呼ばれる構造に変化し,酵素は水素の分解と合成反応を触媒する「水素触媒サイクル」に移行する.実際に,この水素活性化後の還元状態ではOH-配位子が外れることが1.4 A分解能で解析された結晶構造から明らかになっている.7,8)しかし,この分解能ではブリッジ配位子に水素原子種が配位しているのかどうかまでは決定できなかった.水素触媒サイクル(図1B)における[NiFe]活性中心の状態には少なくとも3 つの状態があることがわかっている(図1B のNi-SIa,Ni-CおよびNi-R).また,Ni-C 状態ではNi(Ⅱ)とFe(Ⅱ)の間にヒドリド(H-)がブリッジ配位していることが電子常磁性共鳴法(EPR)によって示唆されていた.9)この状態からさらに1 電子還元されるとNi-R型となる.この最も還元されたNi-R型はフーリエ変換赤外分光法(FTIR)によって3 つのサブフォーム(Ni-R1,Ni-R2およびNi-R3)が存在することが知られている.1)このように[NiFe]活性中心は,さまざまな酸化還元状態をとるが価数が変化するのはNi原子だけであり,Fe 原子はすべての状態で低スピンFe(Ⅱ)である.ヒドロゲナーゼの触媒メカニズムを理解するためには,これらさまざまな状態の詳細な構造情報が重要である.これまでNi-R型はH-がブリッジ配位すると類推されていたが,詳細な構造はほとんど不明であった.X線結晶解析では,電子を1 個しかもたない水素原子を見るには1 A 分解能を超える超高分解能で,しかも超高精度で分子構造を決定する必要がある.そこで今回の研究では, 硫酸還元菌Desulfovibriovulgaris Miyazaki F株の[NiFe]ヒドロゲナーゼについて,Ni-R型の三次元立体構造を明らかにすることを目指した.嫌気条件化で得られた結晶を用いることでNi-R1型の[NiFe]ヒドロゲナーゼのX線結晶構造を0.89 A 分解能で決定することができた.10)また,鉄同位体(57Fe)を用いた核共鳴振動分光法(NRVS:Nuclear ResonanceVibrational Spectroscopy)法によって,Ni-R1型のFe 原ヒドロゲナーゼの超高分解能X線結晶構造解析マックスプランク化学エネルギー変換研究所 緒方英明Hideaki OGATA: High Resolution Crystal Structure Analysis of[ NiFe] HydrogenaseHydrogen is known as an ultimate clean energy source and is thus discussed as a futuresustainable energy carrier. Hydrogenases catalyze the reversible oxidation of the molecular hydrogen.We report the crystal structure analysis of [NiFe] hydrogenase from sulfate reducer at subatomicresolution. The structure reveals that the hydride bridge between nickel and iron at the active site andthe possible proton bound site at the cysteine residue, resulting from the initial heterolytic splittingof dihydrogen by the enzyme. This finally clarifies the initial step in the mechanism of hydrogenconversion.