ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No4

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概要

日本結晶学会誌Vol57No4

金属間相互作用の増強が鍵となる光誘起結晶相転移とPhotosalient効果1Bの結晶に照射すると,5秒程度で発光の色が青から黄色に変化した(図11a,b).発光色の変化は,結晶表面で1Bから1Yへの結晶相転移が進行していることを示している.さらに光照射を続けるとひびが入り(図11c),21秒後に図11dの矢印で示した結晶がジャンプした.残念なことに錯体1に関しては,すべての1B結晶が上記の条件でPhotosalient効果を示すわけではない.ジャンプする1B結晶は全体のわずか1%のみであった.しかし,全体の80%の結晶で紫外光照射によってひびが入り,20%の結晶は割れて2つ以上の小さな結晶の破片となった.このような挙動の違いは,同じバッチ内で再結晶された結晶間においてさえ,結晶性の程度に違いがあることを示している.既報のSalient活性分子も,結晶のジャンプだけでなく,結晶の外形にひびが入り,あるいは結晶が割れる現象が観測されている.16)1のPhotosalient効果は,分子間相互作用の一種である金原子間相互作用が光励起によって増強されることにより誘起されている.既報のPhotosalient活性分子では,ジアリールエテンやオレフィンの光環化反応によって結晶内の分子の共有結合が組み替り,その結果結晶全体の相転移が誘起され,Photosalient効果を示している.一方,1のように共有結合の形成や切断が起こることなくSalient効果を示す系はこれまでに報告されていない.1がPhotosalientを示す前後の結晶構造(1Bと1Y)の特徴は,Salient活性な分子に見られる典型的な結晶構造とよく一致している.ニューヨーク大学アブダビ校のNaumovらは,Salient効果に関してきわめて精力的な研究を近年展開している.16)彼らは,Salient効果のメカニズムや分子レベルの配列・相互作用との関連を包括的に考察すべく,既報のThermosalient活性な分子の再調査を徹底的に行い,単結晶X線構造解析,熱分析,ハイスピードカメラを用いたジャンプ現象の詳細な観察結果を報告している.これらを基に,Salient活性分子に共通する結晶構造の特徴を以下のようにまとめている.Salient効果が起こる前後に結晶相転移が起こるが,その前後の結晶構造は互いに非常によく似ており,分子の空間的な相対位置がわずかにしか変わらない.これは一般にマルテンサイト変態と呼ばれる.それゆえ,空間群は変わらず,1分子当たりの単位胞体積V/Zの変化ΔV/Zも非常に小さく,すべての報告例でΔV/Z<25 A 3を満たす.また,特定の方向の格子長がわずかに伸長し,その他の格子長がわずかに収縮するという異方的な結晶格子サイズの変化が生じる.その結果,分子配列変化に伴い局所的に発生する微小なひずみが,結晶内で全体として打ち消しあうことなく外部に放出されると提案している.錯体1もNaumovらが考察したSalient活性分子に共通の結晶構造_の特徴をすべて満たしている.空間群はP1で不変であり,ΔV/Z=6.8 A 3と非常に小さい.また,異方的な格子軸日本結晶学会誌第57巻第4号(2015)長の変化を示す.錯体1は,分子内/間で生じる化学結合の変化を伴わない初めてのPhotosalient活性な分子であるが,Naumovらが考察したSalient効果を示す結晶の必要条件の多くを満たしており,彼らの考察の一般性を裏付ける1つの例である.4.おわりに本稿では,金イソシアニド錯体1の金原子間相互作用の増強を伴う光誘起単結晶-単結晶相転移に関し概説した.相転移の前後で金原子間距離が短くなり,金原子間相互作用が増強され,明確な発光スペクトルの長波長化が観測された.光照射に伴う金属間結合の増強をトリガーとして,結晶構造相転移を導いた初めての例である.また,より光密度の高い紫外光を用い錯体1Bを励起すると,結晶構造相転移に伴い結晶がジャンプするPhotosalient効果を示した.錯体1はPhotosalient効果を示した5例目の分子であり,共有結合の形成や切断を含まない初めての例である.一般的に,光応答性の結晶材料をデザインする際には,アゾベンゼンやジアリールエテンのようなフォトクロミック分子からの誘導が広く適用されている.本稿で紹介したように,金属間相互作用において特有な光応答性を利用することで,今後新規な光応答性の固体材料の開発が進展すると考えられる.文献1)(a)J. Zhang, Q. Zou and H. Tian: Adv. Mater. 25, 378(2013);(b)M. Irie, T. Fukaminato, K. Matsuda and S. Kobatake: Chem. Rev.114, 12174(2014).2)S. Kobatake, S. Takami, H. Muto, T. Ishikawa and M. Irie: Nature446, 778(2007).3)O. S. Bushuyev, A. Tomberg, T. Friscic and C. J. Barrett: J. Am.Chem. Soc. 135, 12556(2013).4)J. W. Chung, S.-J. Yoon, B.-K. An and S. Y. Park: J. Phys. Chem. C117, 11285(2013).5)S. Iyengar and M. C. Biewer: Cryst. Growth Des. 5, 2043(2005).6)N. K. Nath, L. Pejov, S. M. Nichols, C. Hu, N. Saleh, B. Kahr and P.Naumov: J. Am. Chem. Soc. 136, 2757(2014).7)(a)A. L. Balch: Gold Bull. 37, 45(2004);(b)P. Pyykko: Angew.Chem., Int. Ed. 43, 4412(2004);(c)V. W. Yam and E. C. Cheng:Chem. Soc. Rev. 37, 1806(2008).8)(a)G. Cui, X. Y. Cao, W. H. Fang, M. Dolg and W. Thiel: Angew.Chem., Int. Ed. 52, 10281(2013);(b)H. H. Patterson, S. M.Kanan and M. A. Omary: Coord. Chem. Rev. 208, 227(2000).9)(a)M. Iwamura, K. Nozaki, S. Takeuchi and T. Tahara, J. Am.Chem. Soc. 135, 538(2013);(b)K. H. Kim, J. G. Kim, S.Nozawa, T. Sato, K. Y. Oang, T. W. Kim, H. Ki, J. Jo, S. Park and C.Song: Nature 518, 385(2015).10)(a)K. Haldrup, T. Harlang, M. Christensen, A. Dohn, T. B. vanDriel, K. S. Kjaer, N. Harrit, J. Vibenholt, L. Guerin, M. Wulff andM. M. Nielsen: Inorg. Chem. 50, 9329(2011);(b)R. M. van derVeen, C. J. Milne, A. El Nahhas, F. A. Lima, V. T. Pham, J. Best, J.A. Weinstein, C. N. Borca, R. Abela, C. Bressler and M. Chergui:Angew. Chem., Int. Ed. 48, 2711(2009).11)H. Ito, T. Saito, N. Oshima, N. Kitamura, S. Ishizaka, Y. Hinatsu,231