ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No4

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概要

日本結晶学会誌Vol57No4

関朋宏,伊藤肇るため,われわれは1Bの単結晶構造から再近接したダイマーを抽出し,このモデル構造のDFT計算(PBEPBE/SDD)を種々条件で行った.まずは一点計算を行い,1Bダイマーの分子軌道を求めた.図9(ⅰ)下に示すように,ダイマーのHOMOには金原子間にノードが分布しており,反結合性の性質を有していることを示している.これは図2(ⅱ)に示すような,一般的に金原子間相互作用を形成した際に見られる分子軌道の特徴を,1Bも有していることを示している.次に同じ1Bのダイマーを初期構造とし,真空条件で全体のスピンをトリプレットに指定して構造最適化し,1Bダイマーの3重項励起状態の最適化構造のモデル1T Optを得た.1Bのダイマーから得られた最適化構造1T Optを図9(ⅱ)に示す.Head-to-tail型のダイマー構造は維持されているものの,分子内のベンゼン環を連結している金イソシアニドユニットが大きく屈曲している.またこれに伴い,金原子間距離が2.86 Aに減少している.以上の結果より,1Bのダイマーユニットは,光励起により3重項状態となると金原子間距離が短くなり,金原子間相互作用が増強することが明らかとなった.この要因は,図2で説明したように,反結合性のHOMOを占めていた電子の励起による金原子間相互作用の増強に対応している.しかも1T Optの構造は,1Yの結晶構造から抽出したダイマーの構造[図9(ⅲ)上]と類似している.すでに述べたようにここで得られた計算結果は,単結晶構造から抽出したダイマー構造を初期構造とし,真空条件の量子化学計算により得られている.そのため,1Bの結晶格子に束縛されたダイマー内でこれとまったく同じ構造変化が起きることを主張できるものではない.しかし,1Bの結晶格子のダイマー内では,光励起により金原子間相互作用が増強し,1Yのダイマーと似た構造に変化するような相互作用が働きうることを示している.以上より,金原子間に働く吸引的な相互作用によって1B全体の分子の再配列が進行し1Yへと光誘起結晶相転移が進行したと考えている.金属間の相互作用を光照射によって増強させ,結晶相転移を誘起した例は過去に報告がない.3.4 Photosalient効果錯体1の光誘起結晶相転移のメカニズムの解明を試みている過程で,この錯体がPhotosalient効果と呼ばれる興味深い現象を示すことを見出した.Salient効果とは,外部刺激に誘起された結晶構造の変化に伴い結晶がジャンプする現象のことである(図10).16)Salient効果が起こる要因は,結晶に対して特定の外部刺激を与えることで結晶内部の分子配列が変化し,結晶内にひずみが生じることに由来する.このひずみをある瞬間一気に外部にリリースすることで,瞬発的に機械的な力が生じ結晶が宙を舞う.外部刺激に温度変化を用いた場合にThermosalient効果,光を用いた場合にPhotosalient効果と呼ばれる.Salient効果を示す有機結晶はこれまでに20例足らずしか知られておらず,17)珍しい現象である.中でもPhotosalient効果は例が少なく,錯体1以前にはPhotosalient効果を示した結晶の報告は,筆者らの知る限り4例しかない.錯体1は,約400 mW・cm-2の強い紫外光(367 nm)を照射した際に結晶がジャンプするPhotosalient効果を示した.図11に示すように,約400 mW・cm-2の紫外光を図10 Salient効果の模式図.(Schematic representation ofsalient effect.)図91B,1T Opt,1Yの構造,およびフロンティア軌道エネルギー準位図と対応する分子軌道の比較.(Comparison of the structures and frontier orbitallevels and the corresponding molecular orbitals of 1B,1T Opt, and 1Y.)図11錯体1のPhotosalient効果の写真.(A series of photographsof the photosalient effect of 1B throughthe transformation into 1Y induced by strongphotoirradiation(367 nm, approx. 400 mW・cm-2).)ジャンプする直前の結晶をd)の矢印で示す.230日本結晶学会誌第57巻第4号(2015)