ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No4

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概要

日本結晶学会誌Vol57No4

金属間相互作用の増強が鍵となる光誘起結晶相転移とPhotosalient効果内には,結晶学的に独立した2つの錯体1がパッキングしている.分子内の2つのベンゼン環の2面角は,それぞれ26.76°および56.04°であった.この2つの分子が,Head-to-tail型のダイマーユニットを形成している.ダイマー内の分子間の金原子間距離は,3.5041(14)Aであり,比較的弱い金原子間相互作用を形成していることがわかった.このダイマーはさらに積層し一次元カラム構造を構築し,隣接するカラムとシート状に配列し結晶構造を作っている.1Bに対して,強い紫外光を照射すると発光色が徐々に変化し,弱く黄色発光する結晶1Yが得られた(図5).このとき用いた光源は,高圧水銀灯であり,発光極大が367 nm,結晶表面での光の強度は約100 mW・cm-2である.60 s間の光照射によって1Bの青色発光は徐々に変化し非常に弱い黄色発光へ変化した(図5).光照射後に得られる結晶を1Yと呼ぶことにする.光照射に伴い,結晶は黄色に変色したが,外観の透明性は保持されていた.減光フィルターを用い,紫外光強度を5 mW・cm-2程度まで減少させても,1Bの発光色は変化するが,10分以上の光照射時間を要する.1Yの発光は,非常に弱くΦemは,0.5%であった.発光スペクトルの発光極大λem, maxは580 nmである(図6黄色実線).1Bの発光極大に比べ,132 nmの長波長シフトを示した.また励起スペクトル(図6黄色点線)の極大波長も,光照射によって23 nmの長波長シフトを示した.580 nmの発光減衰プロファイルは二次でフィッティングでき,τavは0.685μsであった.これは,1Bのτavよりも50倍程度短い.1YのX線回折測定の結果,1Bは光照射によって単結晶-単結晶相転移を示していることが明らかとなった.われわれは,あらかじめ単結晶構造解析に成功した1Bの結晶を複数用意し,上記条件で紫外光を照射し1Yとした後,再びX線回折測定を試みた.その結果,単一の結晶を用いても,光照射の前後で1Bと1Yがともに単結晶性を保持していることが再現性良く確かめられた._単結晶1Yの空間群はP1であった[R1=5.42%,wR 2=13.30%,GOF=1.045,a=6.0552(5)A,b=7.0297(6)A,c=15.969(2)A,α=96.315(3)°,β=93.979(3)°,γ=90.279(3)°,Z=2,V=673.9(1)A 3,d=2.145 g・cm-3](図8).残存電子密度の強度は十分に低く,溶媒の包摂はない.元素分析,熱分析,1 H NMRの結果もこれを支持している.1Yは,Head-to-tail型のダイマー構造を形成しており,さらにこれらが積層したカラム構造の配列によりシート構造を作っていた.以上の結晶構造の特徴は1Bと類似しているが,以下の2点において大きく異なっている.第1に,分子が大きく屈曲している.分子内の2つのベンゼン環を連結する金イソシアニド部位が1Bではほぼ直線である一方,1Yでは大きく屈曲している.また2点目として,金原子間距離の減少が挙げられる.1Y日本結晶学会誌第57巻第4号(2015)図8 1Yの単結晶構造The.(single-crystal structure of 1Y.)a)ダイマーユニットのORTEP図.b)金原子間結合の水平方向から見たパッキング構造のORTEP図.c)金原子間結合の垂直方向から見たパッキング構造のCPKモデル図.中心のダイマーのみORTEP図で表記.の金原子間距離は,3.2955(6)Aであり,1Bに対して約0.2 A減少した.つまり結晶相転移によって金原子間相互作用がより増強しており,発光の長波長シフトの要因であると言える.また,分子の屈曲は,エネルギー的に不利と考えられるが,これは比較的結合力の高い分子間相互作用である金原子間相互作用の形成によって,補償されていると考えられる.3.3励起状態における金原子間相互作用の増強を利用した光誘起結晶相転移われわれは,錯体1の光誘起結晶相転移(1B→1Y)に関し種々のコントロール実験を行い,この現象が1B結晶の光励起が必須の現象であることを確かめた.始めに,結晶を加熱しても1B→1Yの相転移が進行しないことを確かめた.1Bと1Yを大気下で加熱すると,ともに約120℃で分解し,その過程で発光色の変化などは観測されなかった.DSC測定を行ったところ,それぞれ121℃,120℃で分解に対応する吸熱ピークが観測され,そのほかにはいっさいピークが観測されなかった.1B→1Yの光誘起結晶相転移の過程をサーモグラフィーカメラで観測すると,光照射による温度上昇は2℃以下であった.以上の実験データより,加熱によって結晶相転移が進行しないことが確かめられた.次に光源として可視光である435 nm(200 mW・cm-2)を用いた場合に,光誘起結晶相転移が進行しないことも確かめた.励起スペクトルより,この波長領域で1Bは吸収をもたないことがわかっている.つまりこれらの結果は,1B→1Yの光誘起結晶相転移が1Bの光励起状態を経由し進行していることを示している.種々の条件で行った量子化学計算に基づいて,1B→1Yの光誘起結晶相転移が,励起状態における金原子間相互作用の増強により誘起されていることを明らかにした.結晶全体の量子化学計算は,計算コストが高すぎ229