ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No4

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概要

日本結晶学会誌Vol57No4

金属間相互作用の増強が鍵となる光誘起結晶相転移とPhotosalient効果が増強し,金原子間距離が短くなることが知られているため,金錯体は光応答性材料への応用が可能と言える.7)図2に金原子間相互作用の形成の模式図,また対応するエネルギー準位,励起状態における変化をまとめた.金原子間相互作用は,非共有結合性の相互作用である分散力の一種である.2つの金原子が,約3.5 A(金原子のファンデルワールス半径の約2倍に相当)よりも近づいた場合に,金原子間における吸引的な相互作用が顕著になる.金原子の顕著な相対論効果によって,通常のファンデルワールス力よりも結合の力は大きく,水素結合と同程度に達すると言われている.配位子の種類にもよるが,金錯体のHOMOは一般に,金原子の5d z 2軌道によって形成されている[図2(ⅰ)].溶液中や結晶格子内で,金錯体が金原子間相互作用を形成するときHOMOが分裂し,dσとdσ*軌道が新たに形成される[図2(ⅱ)].これら新しく生成した軌道は,それぞれ結合性および反結合性の性質をもっている.このとき,HOMOは反結合性のdσ*軌道となる[図2(ⅱ)].金原子間相互作用を形成する前と比べ,HOMOはエネルギー的に不安定化し,その結果バンドギャップが小さくなる.そのため,金錯体が金原子間相互作用を形成すると,吸収や発光波長の長波長化が観測されることが一般的である.7)さらに,金原子間相互作用を形成した金錯体は励起状態において興味深い挙動を示すことが知られている.金原子間相互作用を形成した金錯体を光励起すると,HOMOの電子が1電子励起される[図2(ⅲ)].基底状態においてこの電子は,反結合性を示していた.つまり,この電子が光励起されることで形成する励起状態では,金原子間の反結合性が減少することになる.すなわち結合性が上昇するため,金原子間に引力が働く.その結果,励起状態において金原子間距離が短くなり,金原子間相互作用が増強することが知られている.励起状態における金原子間相互作用の増強は,理論計算によって詳細に検討がなされ複数の論文で報告されている.8)その一方で,光励起に伴う金原子間相互作用の増強が実験的に観測された例はほとんどない.例えば理化学研究所の田原教授らのグループは,[Au(CN)2-]3錯体の水溶液中での時間分解発光スペクトル測定を行い,420 nmに寿命2.0nsの励起種由来の発光を観測した(図3).筆者らはこの励起種が,励起状態において[Au(CN)2-]3錯体の金原子間相互作用が増強された過渡種であると報告している.さらにごく最近になって,高エネルギー加速器研図2金原子間相互作用とその簡略化した軌道準位の模式図.(Schematic representation of aurophilic bondsand their simplified orbital levels.)金原子間相互作用の形成は軌道の分裂を誘起し,結合性軌道dσと反結合性軌道dσ*が形成される(ⅱ).また,これを励起すると,反結合性のdσ*軌道(HOMO)から1電子遷移し金原子間相互作用は増強する(ⅲ).究機構の足立教授らも,放射光を用いて[Au(CN)2-]3錯体の水溶液の励起状態を詳細に調査し,金原子間相互作用の形成や増強過程のダイナミクスについて報告している.9)しかし[Au(CN)2-]3錯体では,励起状態の過渡種として金属間結合の増強が観測されており,光照射をやめると金属間結合が増強されていない元の基底状態に戻ってしまう.その他の金属錯体でもこれと同様の現象が報告されている.白金やロジウム,イリジウムからなる金属錯体も光励起によって過渡的に金属間相互作用が強くなることが知られているが,10)光励起をやめるとその結合の増強は保持されない.これは多くの場合,分子が自由に動ける溶液中において,金属間相互作用の増強が観測されていることが1つの要因であると言える.そんな中われわれは最近,金(I)イソシアニド錯体1(図4)が,光励起によって金原子間相互作用を増強させ,金原子間相互作用が増強された新しい結晶相へ転移することを見出したので,詳しく解説する.図3[Au(CN)2-]3錯体の金原子間相互作用が励起状態で増強される模式図.(Schematic representationof the relaxation pathway upon photoirradiation of7[Au(CN)2-]3 complexes.)詳細は文献)を参照.日本結晶学会誌第57巻第4号(2015)図4錯体1~3の構造.(Structures of 1~3.)227