ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No4

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概要

日本結晶学会誌Vol57No4

是枝聡肇,藤井康裕,谷口博基ブラッグピークが散漫化14)しており,局所的には,polarな対称性(おそらく空間群R3m)をもつユニットセル群,つまりナノ分極域の存在によって,対称性の低下が起こっている.Vakhrushevら14)によると,放射光X線の[300]点周りの散漫散乱強度は,ある波数範囲においてq-αのようなべき乗則を示していた.前節の議論より,この指数αはフラクタル次元d fにほかならない.すなわち,ナノ分極域は空間的には距離の関数としてr dfのようなべき乗則でフラクタル的に分布していることが示唆されていた.光散乱は数千Aという波長を用いるため,polarなユニットセル群としてのナノ分極域と,さらにそのナノ分極域がつながってできた「ナノ分極域クラスター」のダイナミクスを捉えることになる.光散乱ではナノ分極域クラスターはほぼ等方的に見えているが,より短い波長のプローブ(X線,中性子など)を用いると,ナノ分極域クラスターの異方性(対称性)も議論できると考えられる.べき乗則光散乱スペクトルは前節で考察したように,フラクタルの動的特性に対応しているので,以上を総合すると,PMNではBurns温度以下のすべての温度で,ナノ分極域のクラスターが距離の関数としてl dfのような,べき乗の特性をもっており,フラクタルの分散関係式(3)を通して,周波数応答にもべき乗の特性を与えていると解釈される.ナノ分極域クラスターは光の波長程度の相関距離をもち,単結晶のマトリクスとはある程度独立な対称性(ランダムネス)をもち得る.このことが,PMNが単結晶であるにもかかわらず,フラクタル的な光散乱が現れる理由であると結論付けることができる.すでに述べたように,リラクサーにおいてはまだ式(8)に対応する表式が得られていないため,必ずしも定量的にμとフラクタル次元d fを結びつけることはできないが,試みにμの表式に式(8)のμBの形を採用してdfを見積もってみると図6のようになった.ここで,スペクトル次元はd s=4/3,超局在指数はd?=1とし,dfだけが温度変化をすると仮定した.この仮定のもとでは,Burns温度から温度を下げる場合,dfは1.6程度の値から増加を始め,室温付近では2~2.4程度の値をとり,より低温では2.6程度の値となり頭打ちとなる(なお,このd fの値は温度変化まで含めて定量的にもX線散漫散乱の14結果)とよく一致している).この低温での漸近値である約2.6というフラクタル次元は,三次元(D=3)での「サイトパーコレーション転移」においてフラクタルクラスターがとるべき理論値2.53と非常に近くなっている.10)このことは,個々のナノ分極域の体積は低温になるにつれて大きくなるが,互いにひっついてしまうとそれ以上は大きくなれない様子に対応する.図6の上部に示したのは,二次元サイトパーコレーションモデルによるシミュレーションである.PircとBlincは,ナノ分極域図6パーコレーション転移とフラクタル次元.(Thefractal dimension and percolation transition inPb(Mg 1/3Nb 2/3)O 3.)TdはBurns温度,T mは誘電率が最大となる目安の温度,Tfはナノ分極域が「凍結する」温度.ナノ分極域(Polar Nano-regions)の絵は二次元サイトパーコレーションモデルによる参考図.大きな誘電応答を示すT m付近では各ナノ分極域は適度なすきまを保ちつつ最大限の体積をもつ(パーコレーション転移の前駆状態)と考えられる.のサイトパーコレーションと分極のべき乗則を仮定することによって,リラクサー物質での経験的な熱活性緩和則(Vogel-Fulcher則)を理論的に導いた.20)また,より最近ではPircとKutnjakが同じ仮定から,電場印加下におけるリラクサー相図(温度-電場相図)のシミュレーションを報告している.21)さて,PMNは室温付近(図6でT mと示した温度)で非常に大きな誘電応答を示すが,この温度付近のフラクタル次元は約2~2.4程度となっている.このような値は物理的には,いわば「パーコレーション転移の前駆状態」に対応している.この状況下では個々のナノ分極域の間には適度なすきまがあり,それらは互いにひっつかず自由に運動でき,なおかつ同時に最大限の体積(つまり最大限の分極)を有していると解釈できる(図6の挿入図).このような状況においては誘電応答が非常に大きくなる可能性があり,逆にこの状態を人工的に設計することで物質に大きな応答を与えることができるかもしれない.7.おわりに広帯域光散乱スペクトルから明らかになったリラクサー物質におけるフラクタル・ダイナミクスについて,立方晶ペロフスカイト構造をもつ典型的なリラクサー物質であるPb(Mg 1/3Nb 2/3)O 3を例に紹介した.現在まで多くのリラクサー物質で広帯域光散乱スペクトルがべき乗則に従うことが確認されており,22)リラクサー物質では普遍的にナノ分極域のフラクタル性によってその応答を224日本結晶学会誌第57巻第4号(2015)