ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No4

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概要

日本結晶学会誌Vol57No4

是枝聡肇,藤井康裕,谷口博基クトルが観測され,ブリルアン散乱では音響フォノンのスペクトルが観測される.レイリー散乱は狭義には入射光とまったく同じ周波数をもつ光の散乱(弾性散乱)であるが,広義にはいわゆる「準弾性散乱」あるいは「セントラルピーク」と呼ばれる,スペクトルが入射光周波数を中心に広く分布するような散乱も含まれる.本稿で述べる「広帯域光散乱」とは上記のレイリー・ブリルアン・ラマン散乱の領域をすべて含むような広い周波数範囲での光散乱測定を指すこととする.実験配置の模式図を図1bに示す.分光器は周波数領域によってタンデム型ファブリー・ペロー(約1 GHz~1 THz以下)と回折格子モノクロメータ(約1 THz以上)を使い分けることが多い.複数の分解能(周波数レンジ)で得られた光散乱強度のスペクトルは定数を掛けることによってつながれ,周波数範囲が5桁以上にもわたる高分解能・広帯域光散乱スペクトルが得られる.PMN(a)(b)(c)(d)3.リラクサーにおける準弾性光散乱スペクトルの自己相似性外部電場によって反転可能な自発電気分極をもつ物質群を「強誘電体」と呼ぶ.強誘電体の誘電率は,強誘電性相転移温度(キュリー点)付近で大きな値をとり,キュリー点を挟んで急峻な温度特性となる(キュリー・ワイス則).強誘電体をコンデンサーの材料として用いると,その急峻な温度依存性のために,温度変化によって静電容量が大きく変化してしまい,回路の誤作動を招いてしまう.これに対してリラクサー強誘電体(あるいは単にリラクサー)と呼ばれる物質群では,誘電率の極大となる温度の周りで,誘電率がブロードな温度変化を示す.4)また誘電率の周波数依存性が強誘電体に比べて顕著であり,分極の緩和的な振る舞い(relaxation)を強く示すことが知られている.リラクサーはチタン酸バリウムなどの強誘電体よりも大きな誘電率と圧電定数をもちながら,それらの特性の温度変化が散漫であるため,環境の変化にあまり影響を受けない,安定した特性をもつコンデンサー材料,圧電材料としても注目されている.図2a~dに,典型的な立方晶ペロフスカイト型リラクサー物質であるPb(Mg 1/3Nb 2/3)O3(以下,PMNと書く)4)において測定された広帯域光散乱スペクトルを示す.これら4つのスペクトルはそれぞれ異なる周波数分解能で測定されたものであり,(d)→(a)に向かうにつれて横軸の周波数レンジが約4倍ずつ拡大されていることに注意されたい(なお,縦軸は逆に(d)→(a)に向かって縮小している).図2の4つのスペクトルは,周波数範囲が4倍ずつ拡大されているにもかかわらず,あたかもマトリョーシカ人形のように,常に相似なローレンツ関数的な準弾性光散乱のプロファイルが現れている.このような性質は「ス図2 Pb(Mg 1/3Nb 2/3)O3の広帯域光散乱スペクトSelfsimilarcentral peak observed in Pb(Mg 1/3Nb 2/3)O 3.)ル.(周波数範囲は(d)→(a)に向かって約4倍ずつ拡大されている.周波数範囲を拡大しても,つねに相似なローレンツ的プロファイルが現れており,スペクトルが自己相似であることがわかる.図中,Wは窓材の音響フォノン線,LAは縦波音響フォノン線,Sは表面弾性波の信号である.ペクトルの自己相似性」(spectral self-similarity)と呼ばれる.5)自己相似スペクトルはガラス形成物質やゲル状物6質)など,いわゆるソフトマターでは普遍的に認められるものであるが,単結晶リラクサー試料においては近年までその存在が認識されていなかった.7)次に,図3にPMNにおける自己相似スペクトルを両対数軸上にプロットし,その温度変化を示す.8)例えば室温付近のスペクトルに着目すると,1 GHz未満から2000 GHz付近もの広い周波数範囲にわたって直線状の周波数分布になっているのがわかる.両対数プロットにおける直線状のグラフは「べき関数(power-law)」であるから,自己相似な散乱スペクトルはI (ω)∝ωαのような,べき乗の周波数分布であったことがわかる.PMNの場合,室温付近ではおおよそI(ω)∝ω-0.6である.一方,図2からも推察できるように,このスペクトルの全体は,形式的にはローレンツィアン(緩和モード)の重ね合わせとしても表現できるので,ωΓmaxΓA∫fΓdΓΓmin2 2ω+Γα= ( )(2)220日本結晶学会誌第57巻第4号(2015)