ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

岩崎憲治図2第2世代電子直接検出器K2Summit.(Electroncountingdirect detection camera, K2 Summit.)(a)カメラ本体(b)デジタイザ(c)Summitプロセッサ.カメラ本体から高速で読み出し処理するプロセッシングユニットが,単一電子のカウントを可能にした.自身である.CMOS素子を使った電子直接検出機能に加え,1秒間に400フレーム(fps)という高速読み取り機能を備えたカメラである(図2).この高速読み取りのお陰で,十分電子線照射量を小さくすれば,単一入射電子をカウントできるようになった.これによって,電子が来たか来なかったかという二者択一のデジタル情報になり,一挙にランダウノイズ(入射電子によるエネルギー堆積において,統計学的な分布ができてしまうことに起因したノイズ)や読み出しノイズが除ける.通常であれば,一素子に一度の読み取りの間に多数の電子が来るため,カウントは不可能である.K2 Summitと呼ばれるこのカメラは,このカウント機能を獲得することで高周波数領域において高いDQEを誇るようになった.Countingmodeと呼ばれる撮影モードにおいては,1秒間に8e-以下のカウントになるようにして撮影する.これがカウント機能を活かした高品質の画像を得るためには最も大事である.複数の電子が入射してきているのに1電子としてカウントしてしまう同時計数損失を避けるためである.少ない電子線照射量で済むというのは,生物試料や有機材料には願ってもない条件である.電子線により放射線分解で容易にダメージを受けてしまう生物試料では,電子線照射量が少ない程良いが,解析に必要なシグナルは得なければならないので,その兼ね合いで照射量が決まる.シグナルノイズ(S/N)比が非常に小さいが,解析できる程度には高分解能情報を保持したギリギリの画像でクライオ電子顕微鏡は勝負してきたのである.さて,K2 Summitでは,裏では常に400 fpsというフレームレートで読み込んでいるが,これを専用のプロセッサで処理してユーザーの設定により,ある枚数ずつを一枚の画像として処理して出力する.Dose fractionation modeと呼ばれるモードでは,例えば「0.2秒ごとに1枚画像を5秒間撮影」と設定すると,フレームの0.2秒間相当分を1つに処理して1枚とし(サブフレーム),5秒÷0.2秒=計25枚を1セットとして出力する.これをスタック画像と呼んでいる.このDose fractionation modeの機能がまた,非常に良い結果を生んだ.非晶質の氷に凍結した生物試料を撮影するクライオ電子顕微鏡では,電子線照射に伴う試料微動(Beam-induced movement)が知られている.特に照射した直後に試料が大きく動くことが知られており,今までの画像はこのブレ込みの画像だった.10)もちろん冷却した試料をサブナノメートルのオーダーで観察しているのだから,その電子顕微鏡のステージ機構に依存した熱輸送に伴う試料ステージの微動もある.直接検出型のカメラで高速撮影し,分子の動きを補正することで分解能が大きく向上できることを最初に示したのは,米国ブランダイス大学のNikolaus Grigorieffのグループである.11)K2 SummitのDose fractionation modeの実現により,試料微動の補正が可能になった.ムービー撮影とも呼ばれる本方法をK2 Summitで行ったのが,米国UCSFのYifan Chengのグループである.1)スタック画像のうち,Beam-induced movementで大きく動いた最初の一枚を捨てて残りを移動分補正して一枚にする.彼らがMotion correctionと名付けたこの方法により,従来は検出できなかった試料微動方向に消えていた高周波情報が得られるようになり,20Sプロテアソームの3Dマップを3.3 A(FSC=0.143)で示すことができた.ちなみに筆者のところのようにサイドエントリー方式と呼ばれる試料ステージ微動が起きやすいタイプで画像取得を行う場合は,K2 Summitを使ったこの補正は顕著に効いた.K2Summitでは,さらに高機能が付加されている.サブピクセル検出が可能なのである(Super-resolution modeという).その検出部は,3838×3710 pixelsだが,これが7676×7420 pixelsになる.この場合,1秒間に1ピクセル当たり,2e-カウント以下になるように照射量を調節して撮影する.3.3.3 TRPV1の近原子分解能解析このMotion correction法をNature Methodsに報告したYifanのグループは,同じく2013年末に連報で2報,Nature誌にわずか10 nm程度の膜タンパク質TRPV1の構造を3.4 A(FSC=0.143)分解能で報告し,話題になった(図3).12),13)無論,K2 SummitとMotion correctionを使用した結果である.膜貫通ヘリックスの多くの残基の側鎖が可視化された.よって,360番目の残基から719番目までは,de novoで原子モデルが構築されている.それに続き,γ-セクレターゼの構造が報告された.14)アミロイド前駆体タンパク質を基質にもつことで有名なこの複合体プロテアーゼは,4つのタンパク質からなる膜タンパク質である.それでも4.5 A(FSC=0.143)の分解能を示した.こうした分子の報告は,近原子分解能解析可能なターゲットから解析したいターゲットへと電子顕微鏡による構造解析技術が進歩したことを示すものと言える68日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)