ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

中村彰彦,石田卓也,鮫島正浩,五十嵐圭日子水素原子については中性子構造で位置を決める必要があると考えられる.さらに,一般塩基触媒残基と推定されたAsn92に注目すると,PcCel45Aの反応メカニズムについて重要な知見が得られた.まず常温におけるX線構造解析の結果,通常のアスパラギンを分子モデルとして用いると,窒素原子の先に強い正のF obs?F calのピーク,酸素原子の根元に負のF obs?F calのピークが観測され,電子密度にうまくフィットしないことがわかった.窒素原子と酸素原子を入れ替えた場合も,窒素原子と酸素原子の先に正のF obs?F calのピーク,酸素原子の根元に負のF obs?F calのピークが観測された.そこでアスパラギンの側鎖を,異性体であるイミド酸型に変形して再度精密化をしたところ,電子密度に最もよく当てはまることがわかった.さらに,中性子構造において軽水素原子および重水素原子を付加した構造で,同様のフィッティングを行った.その際,結晶化条件中の交換可能な軽水素原子と重水素原子の比が約0.3:0.7であること,中性子回折ピークとして重水素は正で軽水素は負(位相が逆)であり,軽水素原子と重水素原子の比が約0.7:0.3となるときに打ち消し合うことを考慮して解析結果を評価した.さらに,中性子構造では酸素原子よりも窒素原子のほうが強いピークとして観測されることも重要である.これらを意識し,Asn92がアミド型であるとしてフィッティングをした結果,窒素原子と酸素原子をどちらに向けても酸素原子の先端に正のF obs?F calピークが観測されたことから,本アミノ酸残基の酸素原子はプロトネーションされていることが推測された.そこで,X線構造解析の時と同様,イミド酸型のアスパラギンを用いてフィッティングを行った結果,活性中心に酸素原子を向けた場合では酸素原子に付加している軽水素と重水素原子の比率が0.1:0.9となった(図9).これは系中の軽水素と重水素原子の比率(0.3:0.7)とは大きく外れている.また,窒素原子に付加している軽水素と重水素原子の比率が0.6:0.4となり,系中の比率よりも軽水素の割合が高い.すなわち活性中心方向に酸素原子を置いたことで生じた正のF obs?F calピークを重水素の割合を高めることで相殺し,反対側に窒素原子を置いたことで生じる負のF obs?F calピーク図9中性子構造でのPcCel45AのAsn92の解析.(Analysisof Asn92 of PcCel45A by neutron structures.)を軽水素で相殺している可能性が考えられた.そこで酸素原子と窒素原子をX線の結果と同じ向きにしたところ,窒素原子と酸素原子に付加している軽水素と重水素原子の比率が結晶化条件に最も近くなり,中性子構造においても活性中心に窒素原子を向けたイミド酸型アスパラギンが最もよくフィットすることが明らかとなっ6),7た.これまでの報告)で,イミド酸の窒素原子のpKaは4.5~7.5位であるとされており,一般塩基触媒残基として働くことができることを考え合わせると,X線構造解析と中性子構造解析の結果から「PcCel45Aはイミド酸型のアスパラギン残基を触媒残基として用いている」直接的な可能性が示された.7.おわりに先人たちの弛まぬ努力の結果,これまでにさまざまな酵素の三次元構造が明らかとなり,それらの反応メカニズムに関する理解がX線構造解析の進展とともに大きく深まっているのは紛れもない事実である.しかしその一方で,X線構造解析によって得られた構造からでは反応メカニズムがわからない酵素も多数存在しているのも事実である.本稿で紹介させていただいたPcCel45Aは,X線構造解析では反応メカニズムがわからない酵素であったが,X線と中性子による共構造解析によって,触媒残基のプロトネーション状態を含めた解析を行うことができた.さらに活性に関与するアスパラギンの側鎖が,通常のアミド型からイミド酸型に変形していることを直接的に決めることができ,酸性残基でなくても酸性残基様の形態を取ることで糖加水分解酵素の触媒残基として働くことができることを示した.2014年は世界結晶年と題してX線結晶構造解析の100周年を祝った.この間PDBに登録されているX線結晶構造が100,000に届こうとしている一方で,中性子結晶構造はいまだ50にも満たない.本稿で明らかとなったX線-中性子共構造解析の威力を考えると,微小な結晶を凍らせてX線構造解析をするだけでなく,結晶を大きく育てて常温で中性子構造解析に供するというアプローチも,次の100年では重要となるのではないだろうか.謝辞結晶作製の条件検討は,丸和栄養食品㈱伊中浩二氏にご教授いただいた.X線構造解析は東京大学伏信進矢教授との共同研究として行った.中性子構造解析は,茨城大学新村信雄名誉教授,田中伊知朗教授,日下勝弘准教授,山田太郎准教授との共同研究として行った.高エネルギー加速器研究機構における常温X線回折実験にあたっては,大型キャピラリーを用いての測定のために調整をしていただいた.また中性子回折実験ではJ-PARCMLF実験棟において茨城県が運営するプロジェクトの64日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)