ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

中村彰彦,石田卓也,鮫島正浩,五十嵐圭日子図4相図を用いた巨大結晶作製例.(Example of largecrystal making guided by phase diagram.)たため,軽水素試薬をそのまま用いた.結晶化系内の交換可能な重水素原子と軽水素原子の比率を求めた所,0.7:0.3であることがわかった.交換可能な軽水素原子についてはリザーバーを重水で調製して,平衡に達した後に新しい試薬に交換することを繰り返すことでマイルドに置換率を上昇させることが可能である.軽水素は重水素のピークと打ち消し合う関係にあるため,高い置換率は後の構造解析において交換可能な水素原子のピークを確認するうえで重要である.一方でドロップサイズを大きくした場合については,複数の結晶が生成してしまい,より大きな結晶を得ることができなかった.その理由として結晶化ドロップの容量が大きくなったため,蒸気拡散でドロップ中の結晶化剤の濃度を下げるのに時間がかかってしまったことが考えられる.もう1つの理由として結晶化ドロップ当たりの結晶核形成確率がある.相図の条件では20μLのドロップまで1つの結晶核が形成されていたが,それ以上の容量ではほぼ同時に複数の結晶がドロップ中に現れた.通常のX線構造解析ではあまり意識することはないが,系中に生成する結晶核の個数は結晶化ドロップ当たりの結晶核生成確率とドロップの容量の積と考えられる.つまり今回作製した相図の「結晶核形成」と「飽和」の間の閾値は,大体20μL当たりに1つの結晶核ができる確率であったと言える.実際はいくら以上の確率を「結晶核ができる」とするのか,明確な線引きは難しいが,その境界付近では1%の沈澱剤濃度の違いが明暗を分ける.例えばPcCel45Aの結晶化条件でリザーバー溶液が100μLである場合,たった1μLの違いとなる.すなわち結晶化を仕込む際は細心の注意を払うべきであることは明白であると言える.6.常温における中性子およびX線構造解析中性子構造解析では,大型の結晶を用いて測定を行うため,X線結晶構造解析で通常行われるような結晶を凍結して回折データを収集することが難しい.そこで常温での測定を行うため,石英製のキャピラリーに6 mm 3の結晶を封入した.中性子は石英で吸収されにくいので壁の厚いキャピラリーを使用しても問題ないが,X線は吸収されてしまう.そこで中性子およびX線構造解析を同じ結晶を用いても行うために,壁の厚さが0.01 mmのキャピラリーを用いた.またPcCel45Aの結晶は乾燥に弱いため,封入する際には釣り糸と爪楊枝で作製した特大ループとミクロスパーテルを金槌でたたいて成形した物を用いて空気にさらすことなく詰めるように心がけた.回折の測定は中性子で回折データを取得した後にX線の回折データを取得した.中性子の利点としては,生体高分子の構造解析に用いる波長の中性子ビームはエネルギーが低く常温での測定でも放射ダメージがほとんどなく,しかもジスルフィド結合や配位している金属イオンの還元も起こらない.そのため中性子回折測定の後にX線回折測定を行うのが基本である.中性子回折実験は,J-PARC MLF実験棟のiBIXで行い,X線回折実験はPFのBL5Aで行った.iBIXは核破砕法で作られたパルス中性子の特性を活かし,ラウエ法でありながらすべてのスポットを分離できる飛行時間型中性子回折装置である.5)そのため測定効率が非常に良く,加速器出力300 kWで検出器30台のセッティングにおいて10日程度でデータの取得ができた.今後加速器出力が最大で1,000 kW(1 MW)まで上昇する予定であり,さらなる測定効率および測定データの向上が期待される.X線回折データの処理はHKL2000,中性子回折データの処理はiBIXでの測定データ解析用に作製されたSTARGazerで行い,2つのデータを用いた構造精密化はPhenix refineとCootを用いて行った.精密化は初めにX線データのみで通常どおり精密化を行った後に,X線データと中性子データを合わせて精密化を行い側鎖アミドの向きなどを確認した.その後,軽水素と重水素を付加し,最後に水分子に重水素原子を付加して精密化した.この際重水素原子を付加した後はCootのオートフィッティング機能が使えなくなるため注意する.またPhenix refineで中性子回折データの軽水素/重水素原子の精密化を行う際には,Advanced設定で水素原子のリファインメントモデルをindividualに設定する必要がある.まず,常温(298 K)で測定したX線構造と低温(95 K)条件で測定したリガンドフリーの構造を比較したところ,活性中心のAsn92残基の向きが2つの構造で変化していることが確認された.この理由を調べたところ,低温条件では活性中心に緩衝液成分であるtris(hydroxymethyl)aminomethane(Tris)分子が配位しているのに対し,常温構造ではAsn92には何も配位していないことが原因であると考えられた(図5).そこでTris分子がPcCel45Aの活62日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)