ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

反転型セルラーゼの巨大結晶作製と中性子/X線共構造解析の候補が見当たらないため,PcCel45AはAsp114およびAsn92を触媒残基として使用していると推定された.そこでPcCel45A D114N変異体およびN92D変異体を作製し活性を確認したところ,D114N変異体で完全に活性を失い,さらにN92D変異体の活性も著しく低下した.これは,PcCel45Aがアスパラギン酸ではなくアスパラギンを触媒残基の1つとして用いるきわめてユニークな酵素であることを示している.しかしどのようにしてアスパラギン残基が,塩基触媒として働くすなわちプロトンを受け取るのかは不明である.そこでアスパラギン残基のプロトネーションの状態を解析するため,中性子構造解析を行うことを試みた.図3PcCel45Aの結晶化相図.(Crystallization phase diagramof PcCel45A.)5.PcCel45Aの大型結晶の作製中性子構造解析は,X線構造解析と比較してプロトンや水分子を可視化する目的に適しているが,一般的に加速器で得られるX線の回折と同様のデータセットを取得するためには,最低でも1 mm 3以上の酵素結晶が必要とされる(注:最近のX線結晶構造解析では,1/1000 mm 3以下でも良好な回折データが取得できるようになっている).そこでわれわれは,まず冷蔵庫保管中にできた結晶化条件の再現を試みたが,やはり硫酸アンモニウムやマロン酸を沈澱剤とした条件では沈澱または針状の結晶を得ることしかできなかった.そこでPcCel45Aに対して,無機塩,PEG,有機溶媒などさまざまな沈澱剤の効果を滴定により調べたところ,3-methyl-1,5-pentanediol,エタノール,2-プロパノール存在下において単結晶の生成が確認されたが,結晶を大きく育てる際には数週間から一カ月程の時間を要することが明らかとなった.今回最も良好な結晶が得られた3-methyl-1,5-pentanediolは,通常の結晶化キットなどで使われている2-methyl-2,4-pentanediolの構造異性体である.両沈澱剤の性質を比較すると,3-methyl-1,5-pentanediolは2-methyl-2,4-pentanediolよりも10%程濃い濃度でないと沈澱しないことから,3-methyl-1,5-pentanediolのほうがタンパク質の凝集性が低いと考えられた.PcCel45Aの場合は,2-methyl-2,4-pentanediolを沈澱剤として用いると沈澱が生じるだけで,結晶を得ることができなかったことから,2-methyl-2,4-pentanediolを用いて結晶が得られなかった読者の方も3-methyl-1,5-pentanediolを試してみるとよいかもしれない.巨大結晶を作製するためには,それに見合った量のタンパク質量が必要であるとともに,結晶ができたドロップに沈澱剤を混ぜたタンパク質を添加する,マクロシーディングにより育成するなどの方法がある.しかしながら,1つの結晶が成長せず数多くの結晶ができる場合は,結晶同士が接着してしまうことがある.PcCel45Aの場合は,結晶が浸透圧の変化に弱く,溶液を足す場合に日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)亀裂が入ってしまうためにそれらの方法が使えなかった.そこでバッファーを50 mM Tris-HCl pH8.0,温度を20℃に固定して,酵素濃度および沈澱剤濃度を変化させることで結晶核の生成と成長の条件を詳細に調べ,相図を作製することにした.4)沈澱剤溶液と酵素溶液をそれぞれ1μLずつ混合し,シッティングドロップ蒸気拡散法により結晶化を行い,一カ月間のインキュベート後に結晶が生成した条件を「結晶核形成」,沈澱が生じた条件を「沈澱生成」,沈澱の中に結晶が生成している条件を「沈澱+核形成」とした.また変化がなかった条件に関しては,生成した結晶を小さく砕いた物を投入し結晶が溶けずに残った条件を「飽和」,溶けてしまった条件を「未飽和」と表記し(図3).そしてこの相図を用いることで結晶核の生成を制御し,系中で結晶核が1つだけ形成される条件検討を試みた.初めに20μLの40 mg/mLの酵素溶液と20μLの63%3-methyl-1,5-pentanediolをブリッジの上で混ぜ合わせて,結晶が生成するまでインキュベートした.結晶の生成を確認したらリザーバー溶液に水を加えて,系全体の3-methyl-1,5-pentanediol濃度が60%となるようにして余剰な結晶核の生成を抑制しながら結晶を成長させた(図3).最終的に3 mm 3(1 mm×2 mm×1.5 mm)の結晶を得ることができた.結晶成長後のドロップ中の酵素濃度を測定したところ1.2 mg/mLであったことから,系中の97%の酵素が結晶となっていることが明らかとなり,より大きな結晶を作製するためには酵素の量が足りていなかった.そこで「酵素濃度を高める」「ドロップサイズを大きくする」ことを試みた.酵素濃度を高めた場合では,相図に基づき最初の3-methyl-1,5-pentanediol濃度を61%に下げることで結晶核の生成を抑制した(図4).これにより約6 mm 3の結晶を得ることに成功した.しかし中性子構造解析では,軽水素は非干渉性散乱によりバックグラウンドを増加させてしまう.そこで重水で調製した結晶化試薬を用いて同様の手順で大型結晶を作製した.残念ながら3-methyl-1,5-pentanediolの重水素化物を入手することができなかっ61