ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

特集マルチプローブ研究が拓く構造研究の新時代4.生命科学分野におけるマルチプローブ研究日本結晶学会誌57,59-65(2015)反転型セルラーゼの巨大結晶作製と中性子/X線共構造解析東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻中村彰彦,石田卓也,鮫島正浩,五十嵐圭日子Akihiko NAKAMURA, Takuya ISHIDA, Masahiro SAMEJIMA and KiyohikoIGARASHI: Growth of a Large Crystal of Inverting Cellulase for Neutron/X-rayStructural AnalysisStructural analysis including hydrogen position is important for estimating the reactionmechanism of hydrolases. We applied neutron and X-ray structural analysis to a mysteriousβ-1,4glucanase from a fungi Phanerochaete chrysosporium(PcCel45A). The joint analysis of neutron andX-ray structures showed that PcCel45A utilizing an imidic acid form of asparagine residue as a generalbase instead of typical acidic residues.1.はじめに加水分解酵素(EC番号3.x.x.x)は,最も大きな酵素の分類の1つであり,基質に水分子を付加することで結合の切断を触媒する酵素である.それらの基質はタンパク質や脂質,糖などがあり,生物の生育に欠かせない役割を担っている.反応に際しては基質や水分子と酵素の間で水素結合を作ることで基質-酵素複合体を作り,活性中心において水素原子のやり取りを行うため,水素原子の位置を含めた構造解析によって基質と酵素の相互作用や触媒残基のプロトネーションの状態を知ることは,加水分解酵素の反応メカニズムを推定するうえできわめて重要である.X線構造解析は広くさまざまな酵素の構造決定に用いられ電子を多くもつ炭素,酸素および窒素原子などの位置は精度良く決まるが,電子を1つしかもっていない水素原子の観測は難しい.一方,中性子構造解析の場合は,中性子をプローブとして用い原子核での散乱を観測するため水素原子を観測することができる.加えて軽水素と重水素で位相が逆となるため,2つの同位体の交換を調べることで水素原子のダイナミクスを観測することもできる.しかし中性子構造解析ではビーム強度が弱いため最低1 mm 3以上の結晶が必要であり,また高い分解能を得ることも難しい.本稿では,著者らが最近取り組んでいるタンパク質巨大結晶の作製とそれに引き続く中性子/X線共構造解析によって,糖質加水分解酵素の反応メカニズムについて解析した例について紹介する.2.糖質加水分解酵素の反応機構糖質加水分解酵素(Glycoside Hydrolase:GH)は,糖質およびその関連物質を基質とする酵素をまとめた日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)Carbohydrate Active enZymes(CAZy)データベースにおいて,アミノ酸配列に基づく二次構造予測結果をもとにファミリー分類がなされている.現在GHのカテゴリーには133ファミリーが登録されている(ただしそのうち6つは削除されているので実質127ファミリーである).GHの反応メカニズムは多糖やオリゴ糖におけるグリコシド結合のアノマー配置を考慮して主に2種類に分けられている.すなわち基質のグリコシド結合と反応生成物のアノマーが同じとなる「立体保持型機構」と,基質と反応生成物のアノマーが逆になる「立体反転型機構」である.立体保持型機構では,まず求核残基がC1位の炭素に求核攻撃し,酸/塩基触媒残基がグリコシド結合の酸素原子にプロトネーションすることで結合を切断し中間体を生成する.次に酸/塩基触媒残基が水分子からプロトンを引き抜き,活性化された酸素原子がC1位の炭素に求核攻撃することで中間体が解消され反応が完結するとされている.それに対して立体反転型機構では,一般酸触媒残基がグリコシド結合の酸素原子をプロトネーションして,それと同時に一般塩基触媒残基が水分子から水素原子を引き抜き,活性化された酸素原子がC1位の炭素に求核攻撃することで反応が起こるとされている.これら2つの反応機構では,どちらも一組(2つ)の酸性アミノ酸(アスパラギン酸またはグルタミン酸)が触媒残基として必要であるとされている.3.GHファミリー45に属するセルラーゼGHファミリー45に分類されている酵素は,古くから産業的利用されているセルラーゼの1つであり,特に繊維の毛羽取りやデニム生地の脱色などセルロース繊維の改質に広く用いられている.1)このファミリーの酵素は,活性中心に2つのアスパラギン酸をもつ立体反転型機構59