ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

Rutile型TiO 2のナノ構造と物性-ポスト結晶構造解析という素粒子を用いて酸素欠損の位置を同定する試みを行っている.ミュオンには正ミュオンと負ミュオンがある.26)ここで紹介する正ミュオン(m+)には重要な特徴が二点ある.第1に,m+は水素原子核(プロトン)と同じ電荷をもった素粒子であり,水素の軽い同位体(質量1/9)とみなせる.もう一点は,スピンが1/2の磁気モーメントをもち,物質内で磁気環境のプローブとして振る舞う点である.発生の原理上,入射するミュオンは100%スピン偏極しており,崩壊時にスピン方向に陽電子を放出しやすい.ミュオンは平均2.2 msで崩壊するため,崩壊時に陽電子を検出することで,物質内でのミュオン(すなわち水素イオン)の分布や電子状態(m+,Mu,Mu-,すなわち,水素がどのような電荷状態で存在するかなど),その周辺の磁気的環境に関する情報が得られる.さらに,Mu-も観測され,ヒドリドの存在や分布についても議論できる.光触媒であるTiO 2内の欠陥構造は,そのband gap近傍に電子状態が存在するため,光吸収や電子伝導に重要な役割を果たす.欠陥構造は,最表面に存在するか,表面から数層の領域に存在するか,固体内部に存在するか2で,それぞれ異なる電荷分布)を有し,さらに,異なる光触媒作用への寄与が予想されるが,これらを区別した手法,特に,表面から数層の領域を特異的に観測することは,現行の手法では,非常に困難である.27)一方ミュオンはその並進エネルギーを低くしていくと,ミュオンの止まる位置がだんだんと表面に近づいてくる.このため,50 eV以下の超低速ミュオンでは表面から1 nm程度の深さに止めることができ,表面付近の欠陥や水素の同定に使えると期待される.特にJ-PARCにおいて発生する高強度ミュオンパルスを超低速化するプロジェクトが進んでいる.現在,第1段階としてわれわれは,通常のミュオンパルスをプローブとしてTiO 2内に打ち込み,TiO 2bulkの酸素欠陥が,どのように観測されるか検討している.予備的なデータではあるが,28)酸素欠陥が存在することで,Muが室温で存在する可能性を示唆するデータを得た.これは,1.6 Gの横磁場を外部から印加し,ミュオンスピン回転スペクトルを観測すると,22 kHzのミュオンの回転(図3挿入図)スペクトル上に2.4 MHzのMuの回転が重畳していることが観測され,3 m秒で減衰した.このデータはまだ,S/N比が低いので,今後さらに精度の高い測定が必要であるが,欠陥の存在するTiO 2単結晶をミュオンにより研究した初めての例である.Muは,質量の軽いH 0と考えられる.密度汎関数法を用いた計算からrutile型TiO 2や,BaTiO 3,SrTiO 3内の酸素欠陥で水素はH-で安定化することが示されており,29)観測されたMuは,準安定状態として存在しているものと考えられる.このミュオンを酸素欠陥のプローブとすることで,今後,超低速ミュオンを用いた測定に応用し,欠陥構造の光触媒反応に対する作用を明らかにできるものと考えている.4.Rutile型TiO 2上の金属-担体相互作用の研究―PTRF-XAFSここまで,TiO 2(110)を中心にその表面や内部の構造に新しい量子ビームがどうアプローチできるかを述べてきた.最後に触媒担体としてのTiO 2(110)単結晶表面について述べたいと思う.触媒担体とは,触媒活性成分を微粒子として,安定に存在させるために用いられるものである.高分子や熱的に安定なSiO 2やAl 2O 3などの酸化物が用いられる.TiO 2は,SiO 2やAl 2O 3(100~1000 m 2 /g)とくらべ,表面積は若干小さい(10~100 m 2 /g)が,SiO 2やAl 2O 3とは異なり,金属ナノ粒子と特殊な相互作用を示す.例えば,Auのナノ粒子を安定に表面に固定化し,低温酸化に高い活性を示したり,30)SMSI(Strong metal supportinteraction)現象を示したりする.31)SMSI現象とは,表面原子1個当たり1個の水素原子を吸着するRh,Ni,Ptナノ粒子をTiO 2に担持し,高温還元すると,貴金属の粒子径が変わらないにもかかわらず,水素に対する吸着能を失う現象をいう.SMSI現象は,高温還元で酸素欠損が生じ,生成したTi 3+が,Ptと結合を作り,TiからPtへ電子が流れ込むため吸着能を図3酸素欠陥を導入したrutile型TiO 2のミュオンスピン回転スペクトル.(mSR of rutile type TiO 2 with defect.)外部磁場:横磁場1.6 G.失うという電子的影響モデル32)と部分還元されたTi 2O 3がPtナノ粒子表面を覆う表面被覆モデルの2つの考えが存在するが,今では,後者が原因であると考えられている.しかし,本当に金属と部分還元されたTiとは結合を作らないのであろうか?この場合には必ずしも周期的にTiとPtが結合を作るとは限らない.そこで,放射光を用いたX-ray Absorption Fine Structure(XAFS)法による研究が粉末のTiO 2に担持したRhナノ粒子に対して行日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)43