ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

X線および中性子を用いた水素-金属系の構造研究→中性子回折により水素組成を決定というプロセスが非常に良くいったケースであり,NaCl型1水素化物の発見と高圧力下での八面体サイトの安定化という2つの事象を明らかにすることができた.また,中性子回折結果からの高濃度相の水素組成の推定に関して,必要な条件,例えば2相の分率はX線回折の結果から求めており,X線回折と中性子回折の結果を合わせて使うことで,Rietveld解析などの構造解析をせずに(あるいは困難な場合に)組成を推定することができることを示している.3.水素貯蔵合金研究への展開ここでは現在進めている水素貯蔵合金研究について簡単に紹介したい.水素貯蔵合金においては水素化物への相変態で約20%もの大きな体積変化を伴うため,結晶格子の破壊や乱れが生じ,転位や原子空孔など格子欠陥が発生する.これらの格子欠陥は水素貯蔵能に影響すると考えられており,実用的な合金材料の開発には,水素吸蔵放出によってどのように格子欠陥が導入されるのか,あるいは格子欠陥と水素貯蔵能にどのような相関があるかを解明することが必要である.水素貯蔵合金に対しては放射光および中性子を利用した構造研究はこれまでにも行われてきた.30)-32)しかしながら,報告例の多くはその場観察でない条件での回折測定による静的な構造研究である.水素貯蔵合金の実用化に向けて,重要な課題の1つである水素吸蔵放出サイクルに対する劣化を抑制するために,現在「光・量子融合連携研究開発プログラム」のもと「エネルギー貯蔵システム実用化に向けた水素貯蔵材料の量子ビーム融合研究」という課題を実施している.この課題においてはSPring-8の放射光およびJ-PARCの中性子を利用し,異なる空間スケールでのミクロな構造変化,すなわち短距離から長距離までの原子相間の変化に着目して水素吸蔵放出メカニズムの解明を目指した研究を実施している.ミクロな構造変化を詳細に調べるためにX線で水素以外の構造(金属-金属相関)を,中性子で水素を含めた構造(金属-水素相関,水素-水素相関)を観測するが,放射光および中性子を利用した回折法とPDF解析,ならびに放射光XAFS測定という異なる原子相間・相関長を観測する3つの手法を用いていることが特長である.さらに,水素吸蔵放出過程でのその場測定をこれら3つの手法すべてで実施することを目指しており,そのための装置技術開発なども進めている.回折測定は平均構造,PDF解析では短距離から中距離の原子相関,XAFSでは近接する原子間といった短距離の原子相関を観測することになるが,数Aから10 A程度の領域における格子欠陥そのものによる原子位置の乱れや,10 Aから100 A程度の領域における中距離秩序の乱れや格子欠陥の導入が促進される組成揺らぎは,水素日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)貯蔵能に強く影響すると考ており,この空間スケールに対してはPDF解析が最も有効である.実際,水素貯蔵合金であるV 1?xTi xの放射光PDF解析を異なる水素吸蔵放出サイクルを施した試料で行った研究が報告されており,33)PDFの距離依存ブロードニングパラメーターと水素貯蔵量の減少のサイクル依存性が良い一致を示すことが明らかにされている.さらに,分子動力学シミュレーションではサイクルを重ねると転位密度が増加することを示しており,PDFのブロードニングは転位の導入に起因することを示唆している.さらにPDF解析によって水素-金属あるいは水素-水素相関を観測することで,水素吸蔵放出サイクルによる転位の導入メカニズムがより明確になると推測される.現時点では著者らのプロジェクトにかかわる研究成果についてここで紹介できるものは得られていないが,いずれ機会があれば報告したいと考えている.4.おわりに本稿では,LaH 2(LaD 2)の圧力誘起相分離の研究を中心に放射光X線回折と中性子回折を利用した研究について紹介した.相補的な利用の結果,希土類金属水素化物では通常形成されないNaCl型1水素化物の形成が実験的に確認された.また,カウンターパートである高濃度相の組成についても,放射光X線回折と中性子回折の結果から推定できることが示され,八面体サイトが常圧より安定化することが示唆された.金属水素化物の水素位置を含めた構造決定には,水素を観測するのに適している中性子回折が必須であることは言うまでもない.しかしながら中性子回折だけでは構造が決まらないこともありうるであろう.例えば,Laのような希土類金属と重水素では中性子散乱長は比較的近い値を取ることはすでに述べたが,散乱長が近い元素の化合物の場合,回折実験では本研究での結果のように相殺されてしまい回折強度が消失する反射があることは特に注意が必要である.未知構造や複雑構造の場合には却って構造決定が難しくなることにもなりかねない.X線回折によって金属格子の構造をあらかじめ決めておくことで,中性子回折の結果を有効に使うことが可能となる.また中性子回折によって決定した水素占有サイトを含めた構造パラメーターを用いることで,同系の物質であればX線回折の結果からでも格子間水素の状態を推定することが可能であると考えている.J-PARCの稼働によって,これまでよりも中性子実験が実施しやすくなったと思われるが,まだX線回折実験ほど汎用的でなく,放射光利用に比べても敷居が高いかも知れない.しかしながら,本稿で紹介した水素-金属系に限らず,異なる原子相関を観測する中性子とX線の相補利用は詳細な構造研究には必要な手段であると考39