ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

特集マルチプローブ研究が拓く構造研究の新時代3.材料科学分野におけるマルチプローブ研究日本結晶学会誌57,34-40(2015)X線および中性子を用いた水素-金属系の構造研究日本原子力研究開発機構町田晃彦Akihiko MACHIDA: Structural Study on Hydrogen?Metal Systems using X-rays andNeutronsThis article reports the recent structural studies on hydrogen?metal systems using X-raysand neutrons. We have focused on the interactions between interstitial hydrogen atoms and theirsurrounding metal atoms. The hydrogen?metal interactions provide the important knowledge todevelop the high performance hydrogen absorbing alloys. The X-ray and neutron diffraction arecomplementary methods to investigate the structural changes of metals or hydrogen absorbing alloysinduced by the absorbing hydrogen atoms. As a typical example, pressure-induced phase separationof lanthanum di-hydride are described. The X-ray diffraction measurement on lanthanum di-hydridereveals the phase separation into hydrogen-rich and hydrogen-poor phases above 11 GPa. The neutrondiffraction measurement on lanthanum di-deuteride confirms the formation of NaCl-type monodeuterideas a counterpart of the deuterium-rich phase by phase separation.1.はじめに水素は化学的に活性な元素であり,ほとんどの元素と反応し水素化物あるいは水素化合物を形成する.1)水素化物は水素との結合様式によって,イオン結合性,共有結合性,金属結合性水素化物に大別される.イオン結合性水素化物はアルカリ金属,アルカリ土類金属の,共有結合性水素化物はアルミニウムやシリコンなどの水素化物である.これらは化学量論的組成の水素化物を形成する.一方で,金属結合性水素化物は侵入型水素化物とも呼ばれ,水素原子は金属の格子間に侵入した状態をとるため,組成の幅は広い.遷移金属や希土類金属などの水素化物がこれに相当し,水素の組成は温度や水素ガス圧力によってコントロール可能である.水素-金属系の応用例としては水素貯蔵合金が最も有名であろう.一般に水素貯蔵合金とは,ある水素圧力下において金属格子間に水素原子を侵入させることにより水素を貯蔵できる合金のことで,2)その水素化物は侵入型水素化物に相当する.水素の吸蔵過程を考えると,水素分子が金属表面に吸着,原子へ解離した水素が表面から結晶内部へ侵入,格子間を拡散,水素が微量に溶けた固溶体の形成,そしてある特定の格子間サイトを占有した水素化物の形成と進行する.合金相(または水素固溶体相)から水素化物への相変態は大きな体積変化を伴い,その量は,合金の種類にもよるが,およそ20%と非常に大きい.金属-水素系の特性を理解するカギは金属格子中の水素原子の静的,動的振る舞いである.静的な構造研究にはX線回折実験が主に利用されているが,水素貯蔵合金は一般的に3d遷移金属や希土類金属により構成されるため,電子数1である水素はX線回折ではその寄与はきわめて小さく,金属格子間に位置する水素原子の観測は限りなく困難である.X線では金属原子間の相関しか観測できないが,中性子散乱を利用することで金属原子間に加えて,金属-水素間,水素-水素間の相関も観測可能になる.しかしながら中性子散乱実験はX線回折実験ほど汎用的でなく,手軽には実施できない.このため,X線回折による構造研究が主流である.また,中性子散乱では中性子散乱長は元素によってそれほど大きな違いがないため,多元系の物質では中性子散乱だけでは構造決定が難しいこともある.金属-水素系に関しては単純構造,複雑構造を問わずX線回折によって金属副格子構造を決定し,中性子散乱実験により水素を含む全体の構造を決定することが理想的である.格子間水素原子の占有状態が変化すれば,少なからず金属副格子構造にも影響があると考えられる.格子間水素原子の影響による金属副格子の変化は,放射光X線回折パターンの構造解析による平均構造,あるいはXAFSや原子二体分布関数(PDF)解析による局所構造の変化として観測することが期待できる.また多量に作製が困難な試料は放射光X線の利用が有利である.例えばX線回折では微量試料でも数秒から数十秒で回折パターンの測定が可能であるため,相転移や新規構造探索に適している.放射光X線回折で幅広くサーベイし,測定条件を決めた上で中性子回折を実施して詳細な構造決定を行うという相補利用が有効であろう.本稿では,著者らが行っている放射光X線と中性子を34日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)