ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

石井賢司,藤田全基IXS,スピンにINSを考えることになる.しかしながら,数年前までは,図1bに示すように両手法とも銅酸化物のダイナミクスを調べる上で重要なエネルギー領域の測定は苦手としていて,観測可能なエネルギー領域にもギャップがある状態であった.INSでスピン励起を観測することはすでに確立した技術であったものの,線源の強度が弱かったために0.1 eV以上の励起を観測することは,現実的には困難であった.一方,IXSではエネルギー分解能が不十分で,†電荷励起を観測できるのはせいぜい1 eV以上に限られていた.最近になって,中性子線源,放射光X線源の進歩やそれに合わせた分光技術の発展によりこれらの欠点が克服され,図1cのようにギャップが埋まってきた.加えて,IXSでもスピン反転を伴う励起が観測できることが発見され,6),7)スピン励起だけを考えても中性子とX線をつなぎ合わせることで,サブeV領域を完全にカバーできるようになった.ここで,本研究で用いた共鳴非弾性X線散乱(ResonantInelastic X-ray Scattering, RIXS)について説明する.その名のとおり,RIXSはX線と内殻電子準位の共鳴効果を利用した非弾性散乱で,今回の研究では軟X線領域(約930 eV)にある銅L 3吸収端のRIXSと硬X線領域(約9000 eV)にある銅K吸収端のRIXSを利用した.前者は図2aに示すように2p 3/2軌道と3d軌道間の双極子遷移を利用したものである.2p 3/2軌道の波動関数はスピン・軌道相互作用のために上向きスピンと下向きスピンが混じり合っているため,入射X線で上向きスピンをもつ電子を非占有3d軌道に遷移させ,散乱X線を放出する際に占有3d軌道にある下向きスピンをもつ電子の遷移で2p内殻正孔を埋めるという過程が許容となる.その場合の終状態ではスピンが反転した励起が生じることになる.同じ向きのスピンで遷移が起きれば,スピンを反転しない励起(電荷励起)が可能である.つまり,銅L 3吸収端のRIXSではスピン励起と電荷励起の両方が観測できる.一方,軌道角運動量をもたない1s軌道が遷移にかかわる銅K吸収端のRIXSでは,スピン反転を伴う励起は禁制で,電荷励起のみが観測できることになる.したがって,銅L 3吸収端のRIXSと銅K吸収端は違った役割を担うことができ,両者を使い分けることでスピン励起と電荷励起の区別が可能となる.3.実験結果本研究では,軟X線(銅L 3吸収端RIXS),硬X線(銅†全電子がかかわるフォノンを測定するための非共鳴非弾性X線散乱についてはmeV分解能を達成できていた.原理的にはこの手法で電子が1個だけかかわるような電荷励起も観測できるが,実際には強度の問題から共鳴非弾性X線散乱を用いることになる.X線のエネルギーが元素の吸収端で決まる共鳴非弾性X線散乱では,X線のエネルギーを自由に選べる非共鳴非弾性X線散乱とは異なる技術が必要であり,その結果として得られるエネルギー分解能に違いが生じる.K吸収端RIXS)にはNd 2?xCe xCuO 4(NCCO),中性子にはPr 1.40?xLa 0.6Ce xCuO 4(PLCCO)の単結晶試料を用いた.+3価のNd,Pr,Laの一部を+4価のCeで置換することにより,CuO 2面に電子がドープされる.X線と中性子で異なる試料を用いたのは,近接するPrのM 5吸収端がCuのL 3吸収端でのRIXSの妨げになる,Ndの磁気モーメントがINSにおけるバックグラウンドの要因になる,という実験上の理由であり,今回の実験結果を議論する上では希土類元素(Nd,Pr,La)の違いは問題にはならない.非弾性散乱の測定は,軟X線はESRF,ID08のAXES,硬X線はSPring-8,BL11XUの非弾性散乱分光器,中性図2RIXSの概略図と今回の実験で用いた非弾性散乱の役割分担.(Schmatic diagrams of RIXS and role ofthree inelastic scattering measurements in the presentstudy.)(a)銅L 3吸収端RIXSでは,エネルギー(wi),波数(k i),偏光(e i)のX線を試料に入射し,2p 3/2軌道にある電子が非占有3d軌道に遷移する.その後,占有3d状態にいた電子が2p 3/2軌道にできた正孔を埋めるときに,エネルギー(wf),波数(kf),偏光(e f)のX線を放出する.終状態では,エネルギーw i-wf,運動量k i-kfの励起が生じる.(b)銅K吸収端RIXSでは,1s軌道と4p軌道の間の遷移を利用する.X線吸収とX線放出の中間状態で,主に1s内殻正孔とのクーロン相互作用により価電子(3d電子など)が間接的に励起される.(c)今回の研究では,スピン励起は中性子が低エネルギー側,軟X線が高エネルギー側,電荷励起は軟X線が低エネルギー側,硬X線が高エネルギー側を観測した.背景にあるのは測定試料である(La,Pr,Nd)2?xCe xCuO 4の結晶構造である.22日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)