ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

ページ
29/94

このページは 日本結晶学会誌Vol57No1 の電子ブックに掲載されている29ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol57No1

軟X線・硬X線・中性子非弾性散乱を用いた銅酸化物超伝導体のダイナミクス研究強力な磁石などといった応用上の重要性だけでなく基礎科学的にも興味深い現象であり,多くの研究者を魅了し続けている.中でも,1986年に発見された銅酸化物における超伝導は,現在知られている物質の中で最も高い超伝導転移温度を有しており,発見から25年以上を経た今もなおその発現機構解明を目指した研究が盛んに続けられている.銅酸化物超伝導体の母物質は電子間の強い相関(クーロン反発)に起因したモット絶縁体である.電子は主に電気的性質を決める電荷と磁気的性質を決めるスピンの2つの自由度を持っているが,銅酸化物超伝導体の母物質では,電荷を動かすには2 eV程度のエネルギーギャップを越えることが必要で,それ以下のエネルギーでは電荷自由度は凍結しているとみなせる.それに対し,スピン自由度は生き残っており温度を下げると反強磁性秩序が生じる.そのような母物質は,動ける電荷となる電子またはホールをドープすることで絶縁体から金属に変化し,あわせて反強磁性秩序が消失する.銅酸化物の超伝導はそのような金属状態で起きており,その発現には揺らぎとして残存するスピン間の反強磁性相関が重要な役割を果たしていると考えられている.したがって,ドープされた電荷,および,スピンのダイナミクスを幅広いエネルギー・運動量空間にわたって観測し,その全体像を明らかにすることは,超伝導の理解を進める上で不可欠である.とりわけ,電子ドープ系とホールドープ系にどのような類似点,相違点があるかを明らかにすることは,その中心的な課題の一つである.次に,銅酸化物を強相関電子系という超伝導とは別の観点で考えてみる.遷移金属酸化物などの強相関電子系と呼ばれる物質群では,その電子状態において電子間の強い相互作用(多体効果)が重要となる.一体の運動として考えることが難しく,言わば多体問題となっている強相関電子の運動状態をいかに記述するかは,固体物理学の基本的な問題である.銅酸化物超伝導体は以下に述べるように,強相関電子を研究するための物質としてふさわしく,その電荷・スピン励起を実験的に明らかにすることで,電子状態を記述する理論モデルを検証することができる.その理由であるが,(1)電荷自由度が凍結し,局在スピンモデルで記述される母物質の電子状態がよく理解されている.(2)電子とホールの両方がドープ可能で,モット絶縁体から金属に至るまでドーピング量のコントロールが可能である.(3)モットギャップ以下の電子状態にかかわる電子の軌道が銅のx 2 ?y 2軌道,酸素の2p軌道と限られており,比較的シンプルなモデルで議論が可能である.(4)電子の運動にかかわる相互作用のエネルギーが大きい.最後の点は,高い超伝導転移温度とも関係があるが,ここ数年の間に飛躍的に向上したものの,IXSのエネルギー分解能が何でも測るにはま日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)だまだ不十分であるという実験上の制約によるものでもある.その辺りの事情は次節で述べる.2.2銅酸化物における相互作用の階層構造とスピン・電荷励起,非弾性散乱銅酸化物の電子状態を議論する上で重要な相互作用,および,それに関係した励起(ギャップ)のエネルギースケールをまとめると,図1aのような階層構造ができ上がる.高エネルギー側から行くと,銅の3d電子間のクーロン相互作用(U)は数eV,それがもとになって開く母物質の電荷移動ギャップ(銅のx 2 ?y 2軌道と酸素の2p軌道間のギャップ,D)は2 eV程度である.その下には,電子の運動エネルギーを決める移動積分(ホッピングパラメータ,t)がおよそ0.3~0.4 eV,スピン間に働く交換相互作用(J)の大きさがおよそ0.1 eVである.キャリアドープされた銅酸化物の電子状態の記述にしばしば用いられるt?Jモデルやハバードモデルで用いられるパラメータはちょうどこのエネルギー領域にある.フォノンや超伝導のエネルギースケールに対応する超伝導ギャップ(D sc)は,その下,数十meV程度である.この階層構造の中でドープされた電荷とスピンのダイナミクスを考えると,その大枠を決定づけるのは,前者がt,後者がJである.実際には,電荷励起はtの数倍,スピン励起はJの数倍に及ぶことになるので,銅酸化物における電子ダイナミクスの全体像を明らかにするためには,図1aの四角で囲んだサブeVの領域を調べなければならない.結晶中でのダイナミクスの特徴となる励起の運動量依存性を測定するとなると,必然的に電荷に図1銅酸化物高温超伝導体における相互作用とそれに関係した励起(ギャップ)の階層構造.過去(b)と現在(c),X線・中性子非弾性散乱で観測可能なエネルギー範囲.(Hierarchical strucuture ofelectronic interactions and related excitations(gap)incopper oxide superconductor. Accessible energy rangeof inelastic scattering of X-ray and neutron in the past(b)and at present(c).)(a)四角で囲んだサブeV領域が今回の研究対象であり,銅酸化物超伝導体におけるドープされた電荷とスピンのダイナミクスの大枠を決める上で重要となる.(b)数年前までは,INSとIXSで観測できる領域にギャップがあった.(c)線源と測定技術の進歩によりギャップが埋まり,INSとIXSを組み合わせることでサブeV領域のスピン・電荷励起の研究が可能となった.21