ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

X線,中性子,ミュオンを用いた鉄系超伝導体の研究プ側に特異に出現したというよりAF2母相への“ホールドープ”,つまりH -をO 2-で置換して出現したと考えられる.そうすれば,2ドームの超伝導相の存在を自然に説明できる.したがって,SC1とSC2における超伝導のT cなどの性質の違いは,AF1とAF2母相の基底状態に起因しているはずであり,両母相の性質を見極めることは超伝導メカニズムの理解に重要であるに違いない.その理解はこれからの課題である.一つAF2相の出現に関して重要だと考えているのは,ヒ素原子の鉄面からの高さh Asである.h Asは鉄系超伝導体物質の物性を決定する重要なパラメータで,この値によりバンド構造が大きく変化する.8),10)LaFeAsO 1-xH xでは,高濃度ドーピングの結果,鉄の価数変化と化学圧力効果による構造変化が大きく,h Asは,1.31 A(x=0)から1.42 A(x=0.51)へと大きく増大している.16)この結果,FeAs 4は正四面体に近づくためバンドの縮重度は高くなり,軌道秩序やバンドヤンテラー転移が起きやすくなるなっている可能性がある.ただし,現時点では,相図全体を統一的に記述できる理論的説明はまだなく,今後の進展が待たれる.最近,本系で興味深い結果が得られた.すなわち,高圧下ではSC1とSC2が1つに融合し,常圧では谷であったx=0.2でTc=52 Kという最高の値を示したのである.2つの母相を支配している要因の最適化によって鉄系超伝導体の高い臨界温度が実現しているという見方が現実性を帯びてきた感がある.ますます,2つの超伝導ドームの起源の解明が重要となってきた.32)5.おわりに今回,放射光X線,中性子,ミュオンを使った多面的な物性実験によって,LaFeAsO 1-xH xにおける新たな秩序相を発見した.LaFeAsOは,鉄系超伝導体で最初に発見された誰もが知っている“古典的な物質”であり,このような新たな発見がなされたことは非常に驚きである.しかし,新しい秩序相における高い磁気モーメント,反転対称中心の破れの起源,磁気転移点温度それぞれと超伝導の関係といった問題点は,未解決として残されており,今後の研究の課題である.今回の数種類の量子ビームを使うというマルチプローブ測定は,元素戦略プロジェクトにおけるKEK構造物性研究センターの受け皿があってこそであった.実際,放射光X線回折はミュオングループの最初の報告から1週間後,中性子線回折は2週間後に実験が行われている.しかし,このような実験をより広く,多くの研究者が行うには,複数の大型研究施設を跨いだ課題申請体制の整備も重要であると思われる.謝辞本研究の成果は,多数の方々のサポートで結実した.ミュオン実験では,宮崎正範,山内一宏,幸田章宏氏に,中性子線回折実験では,鳥居周輝,石川善久,PingMiao,池田一貴,神山崇,大友季哉氏に,放射光X線実験では,吉田雅洋,水木純一郎,石井賢司,熊井玲児氏に尽力していただいた.また,山田和芳氏を始めとする多くの方々に貴重な意見をいただいた.この研究は,元素戦略プロジェクト「東工大元素戦略拠点」,および,KEK実験課題2013S2-002,2009S05,2009S06,2013A3502のサポートを受けて行われた.文献1)立木昌,藤田敏三:高温超伝導の科学(裳華房,1999);J. S. Brooks and J. R. Schrieffer: Handbook of High-temperaturesuperconductivity, Theory and Experiment(Springer, 2007).2)K. Kamihara T. Watanabe, M. Hirano and H. Hosono: J. Am. Chem.Soc. 130, 3296(2008).3)細野秀雄,松石聡,野村尚利,平松秀典:日本物理学会誌64, 807(2009).4)前田京剛,今井良宗,高橋英幸:固体物理46, 453(2011).5)J. Paglione and R. L. Greene: Nature Phys. 6, 645(2010).6)X. Chen, P. Dai, D. Feng, T. Xiang and F. -C. Zhang: Natl. Sci. Rev.1, 371(2014).7)Z. A. Ren, W. Lu, J. Yang, W. Yi, X. L. Shen, Z. C. Li, G. C. Che, X.L. Dong, L. L. Sun, F. Zhou and Z. X. Zhao: Chin. Phys. Lett. 25,2215(2008).8)黒木和彦,有田亮太郎,青木秀夫:日本物理学会誌64, 826(2009).9)石橋章司,寺倉清之:固体物理43, 929(2008).10)K. Kuroki, S. Onari, R. Arita, H. Usui, Y. Tanaka, H. Kontani and H.Aoki: Phys. Rev. Lett. 101, 087004(2008).11)K. Kuroki, H. Usui, S. Onari, R. Arita and H. Aoki: Phys. Rev. B 79,224511(2009).12)H. Kontani and S. Onari: Phys. Rev. Lett. 104, 157001(2010).13)K. Momma and F. Izumi: J. Appl. Crystallogr. 44, 1272(2011).14)T. Hanna, Y. Muraba, S. Matsuishi, N. Igawa, K. Kodama, S.Shamoto and H. Hosono: Phys. Rev. B 84, 024521(2011).15)S. Matsuishi, T. Hanna, Y. Muraba, S. W. Kim, J. E. Kim, M. Takata,S. Shamoto, R. I. Smith and H. Hosono: Phys. Rev. B 85, 014514(2012).16)S. Iimura, S. Matsuishi, H. Sato, T. Hanna, Y. Muraba, S. W. Kim,J. E. Kim, M. Takata and H. Hosono: Nature Commun. 3, 943(2012).; S. Iimura: Private Communication.17)N. Fujiwara, S. Tsutsumi, S. Iimura, S. Matsuishi, H. Hosono, Y.Yamakawa and H. Kontani: Phys. Rev. Lett. 111, 097002(2013).18)K.Nagamine:Introductorymuonscience(CambridgeUniversityPress, Cambridge)(2003).19)M. Hiraishi, S. Iimura, K. M. Kojima, J. Yamaura, H. Hiraka, K.Ikeda, P. Miao, Y. Ishikawa, S. Torii, M. Miyazaki, I. Yamauchi,A. Koda, K. Ishii, M. Yoshida, J. Mizuki, R. Kadono, R. Kumai, T.Kamiyama, T. Otomo, Y. Murakami, S. Matsuishi and H. Hosono:Nature Phys. 10, 300(2014).20)H. -H. Klauss, M. Kraken, F. J. Litterst, T. Dellmann, R. Klingeler,C. Hess, R. Khasanov, A. Amato, C. Baines, M. Kosmala, O. J.日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)11