ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

ページ
14/94

このページは 日本結晶学会誌Vol57No1 の電子ブックに掲載されている14ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol57No1

山浦淳一,松石聡,細野秀雄,飯村壮史,平石雅俊,小嶋健児,平賀晴弘,門野良典,村上洋一物系の場合,反強磁性秩序相は絶縁体であるが,鉄系の場合,抵抗率の値が高いbad metalであり,反強磁性金属状態となっている.これは,銅酸化物系のバンド構造が,基本的に銅の単一3d軌道で記述できるのに対し,鉄系では鉄の5つの3d軌道の絡み合いで記述されるためと考えられる.8)-11)この物質に対して酸素O 2-をフッ素F -で置換していくと,鉄原子の形式価数が減少し電子ドーピングされる.その結果,反強磁性相が消失し超伝導相が現れる.このように反強磁性相近傍での超伝導相の出現は,高温超伝導体に広く見られる性質であり,反強磁性相互作用が超伝導電子対形成の起源であるとするアイデアのもととなっている.LaFeAsOのように元素置換していないノンドープ体もしくはその付近の反強磁性相のことを超伝導の母物質もしくは母相と呼び,上記のように,その性質は超伝導と密接に関係している.LaFeAsO 1-xF xの場合,フッ素11%置換で最大の超伝導転移温度T c=26 Kとなる.鉄系超伝導体におけるバルク体最高のTcは,LaをSmで置き換えて得られたTc=55 Kであり,7)現在に至るまで特記するようなT cの更新はない.LaFeAsO 1-xF xにおけるフッ素置換量は20%で最大であったため,ドーピング量の幅広いコントロールは発見以来困難であった.最近,筆者らは高圧下における固相反応法を用いてLnFeAsO 1-xH x(Ln=ランタノイド)における水素化物イオン(H -)の置換量をコントロールすることで,50%にも及ぶ広範囲の水素置換に成功した.14)-16)今回紹介するLaFeAsO 1-xH xでは,x=0.2よりさらに電子ドープしていくとTcは再度上昇し,x~0.35で最大値T c=36 Kを示し,x~0.45で超伝導は消失する.つまり,超伝導相は,0.04 < x ??0.2の超伝導第1相(SC1)と0.2 < x ? 0.45の第2相(SC2)があることが判明した.16)このような2つのドームを有する超伝導相は,高温超伝導体では非常に珍しい.この特異な状態は,水素置換による高濃度電子ドーピングが可能になったことによって初めて見出された.3.マルチプローブによる磁気秩序,構造秩序の観測LaFeAsO 1-xH xの研究では,高水素置換領域で核磁気共鳴により示唆されていた磁性について,17)その存在をミュオンにより確認し多数の組成について一気にマッピングし,特徴的な濃度における試料に対して放射光,および,中性子による測定を行い,新規相の物性を迅速に明らかにすることに成功した.今回,ミュオン,中性子からは磁気秩序に関して,放射光X線回折からは結晶構造に関する結果を述べる.3.1ミュオンによる磁気秩序の観測ミュオンを用いた測定は,素粒子の崩壊過程を物性実験に用いた手法であり,ほかの測定に比べて特異的な存在である.陽子加速器を用いて発生させたパイオンの崩壊過程で得られる正ミュオンは,ほぼ100%のスピン偏極を保ったまま,スピン1/2で物質中に打ち込まれる.このとき,ミュオンは,主に格子間隙,特に静電ポテンシャルの低い陰イオン付近に止まり,この位置における局所磁場に応じてラーモア歳差運動を行う.そして,2.2μsの平均寿命で陽電子とニュートリノ,反ニュートリノに崩壊する.この過程でミュオンのスピン偏極の情報が陽電子に移る.ミュオンスピン回転/緩和(μSR)法では,この陽電子を図2aのように試料前後に配置した陽電子カウンターで観測する.その特徴は,1)非常に敏感な内部磁場のナノスケールプローブである,2)磁性体積分率の評価が可能,3)ゼロ磁場で測定できる,4)10 -5~10 -9 sという観測時間スケール,などがあり,中性子線回折やNMR測定と相補的な測定手段になりうる.18)さらに,磁場印加によって内部磁場が静的か動的かといった知見や,超伝導の磁場侵入長などに関しても見出すことができる.μSR測定はJ-PARCとPaul Scherrer Instituteで行った.図2bは,ゼロ磁場におけるLaFeAsO 1-xH x(x=0.45)のミュオンスピン偏極の時間スペクトルで,19)先ほどの陽電子カウンターの前後カウントの差から得ることができる.80 K以上でのスペクトルは,偏極度1から時間経過とともに単調減少していく.これは,系が常磁性状態にあるときの特徴で,減衰は試料にわずかに含まれている不純物の鉄によるものである.そして,80 Kより下の温度では,速い緩和を伴った回転成分が発達し始めている.系に磁気秩序が形成されると,ミュオンは磁気モーメントからの双極子磁場を感じてラーマー回転を示す.60 K以下のdipを伴うスペクトルは,この磁気秩序の形成によるものである.このスペクトルを解析して得られる回転周波数から,内部磁場の値は377(5)Gと求められた.内部磁場が静的で一様であれば,ミュオンスピンは一定周波数で回転運動を行い,時間スペクトルはきれいな振動パターンを示すが,実験では,ほぼ一回転分のスペクトルしか観測できていない.この結果は,磁気秩序に伴う内部磁場は静的で不均一であることを示している.これは,x=0の秩序相でクリアな回転運動が観測されていることと対照的である.20)この原因として,μSR測定がほかの測定に比べて非常に敏感であるため,元素置換に伴う試料のわずかな不均一を検出してしまっている可能性がある.現在,ミュオンサイトの詳細な計算を行って,不均一内部磁場の原因を探っているところである.スペクトルの緩和成分の振幅から磁性体積分率が得られる.その温度変化を各水素置換組成に対してプロットしたものを図2cに示す.19)x=0.51の磁性体積分率はT N=92 Kから出現し,磁気秩序がこの温度で起きていることを示している.そして,最低温度での磁性体積分率は100%となっている.x=0.51から水素置換量の減6日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)