ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

瀬戸秀紀礎科学のみならず実用材料も含めた大きな展開が期待できる.次の有賀と朝倉による「Rutile型TiO 2のナノ構造と物性-ポスト結晶構造解析」という記事では,触媒材料として注目されているTiO 2の研究を紹介している.この物質は表面構造や欠陥構造によって触媒作用が大きく変わることが知られている.固体表面の構造を調べる実験手法はいろいろあるが,この研究では特に陽電子,ミュオン,放射光という3種類の量子ビームを相補的に用いている.物質の構造解析には回折法が有効であることは論を待たないが,欠陥や不純物などを含む系は必ずしも長距離秩序をもたないため実験的に難しい.そのような場合に三次元的な繰り返しを必要としないこれらの手法が有効であることから,「回折法・顕微法に加わる第3の構造解析法になると期待される」と結んでいる.量子ビームによるマルチプローブ研究の新たな可能性を示すものとして,きわめて興味深い解説記事となっている.生命科学関係の記事は4つ.まず湯本と千田による「創薬等支援技術基盤プラットフォームで取り組む相関構造解析」では,構造生物学の新たな発展について紹介している.これまで構造生物学の主な目的はタンパク質の立体構造の決定だったが,構造決定に留まらずさまざまな手法を併用することで,生命現象をより多面的に捉え理解するという「構造生命科学」とも呼ぶべき分野に発展しつつある.そのカギとなるのはX線結晶構造解析とX線小角散乱解析に加えて,電子顕微鏡とNMRを組み合わせた「相関構造解析」である.ここで紹介されているような,これらの複数の実験手法に生命科学研究者の誰もが簡単にアクセスできるという環境は今のところは「創薬等の支援」を目的としているものだけだが,あらゆる「マルチプローブ利用研究」の将来像として捉えるべきではないか,と思われる.有田による「相関構造生物学によるUHRF1のヒストン認識機構の解明」では,真核生物のDNAがヒストン8量体に巻き付いて形成されるクロマチン構造を制御するタンパク質であるUHRF1の機能と構造を,X線結晶構造解析(PX),X線小角散乱(SAXS)とNMRを用いて相関構造解析を行った,という例を紹介している.PX,SAXS,NMRの各手法の長所と短所を補い合うことにより,タンパク質同士がどのように相手を認識するのか,その機構を解明することができる.加えて複合的に構造生物学的な手法を用いて解析することにより,新たに見えてくる情報もある.複雑な生体分子の構造と機能を明らかにするためには「マルチプローブ研究」が必須である,ということがよくわかる研究紹介となっている.中村らによる「反転型セルラーゼの巨大結晶作製と中性子/X線共構造解析」では,糖質加水分解酵素の中性子とX線を用いた構造解析により,反応メカニズムを明らかにしようとした研究を紹介している.X線構造解析は電子を多くもつ炭素,酸素,窒素原子などの位置を精度よく決めることができるが,電子を1つしかもっていない水素原子は困難度が高い.一方中性子は原子核によって散乱されるため,ほかの原子と同様に水素原子の位置を決定することができる.したがってこれら2つの手法を併用した構造解析は有用であることは以前より知られていたが,しかし中性子回折のためには巨大な単結晶が必要なため実験が困難である,という点がネックだった.そこで筆者らのグループは,さまざまな工夫により良質な巨大結晶を作製し,中性子と放射光のマルチプローブ利用によってしかわからない新しい結果を得ている.また水素の位置を決めることができただけに留まらず,放射線損傷が無視できるという中性子の特性を活かして室温で測定することにより,凍結状態での構造解析ではわからなかったことも明らかになった.巨大単結晶作製は高いハードルだが,中性子回折にはそのハードルを越えて行うだけの価値がある,ということがよくわかる解説となっている.岩崎による「電子顕微鏡技術の進展と相関解析」も「相関構造生物学」の具体例の1つだが,こちらは電子顕微鏡を主軸にした研究を取り上げている.革命的な技術の進歩により,X線結晶構造解析法に迫るほどの空間分解能が得られるようになった生物電子顕微鏡の詳細は,実験技術の進歩がどのような可能性を広げるのかという点で興味深い.そしてPXと併用した相関解析技術だけでなく,電子顕微鏡と光学顕微鏡の併用による「光-電子相関顕微法」も紹介されており,大型施設の量子ビーム利用に限らないマルチプローブ利用研究の例として学ぶところは多い.以上,今回の特集で取り上げた研究例を駆け足で紹介した.マルチプローブを縦横に利用することによってどのような新しいことが生み出されるのか.これらの解説を通じて,その一端を感じていただければ幸いである.プロフィール瀬戸秀紀Hideki SETO高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所Institute of Materials Structure Science, High EnergyAccelerator Research Organization〒305-0801つくば市大穂1-11-1 Oho, Tsukuba 305-0801, Japane-mail: hideki.seto@kek.jp最終学歴:大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程専門分野:ソフトマター物理現在の研究テーマ:ソフトマター物理趣味:スポーツをすることと見ること.かつては野球とスキー.最近はテニス,サッカー,マラソン.4日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)