ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

マルチプローブによる物質構造の研究物構研は,この春から放射光・中性子・ミュオン・低速陽電子を複数利用する課題である「マルチプローブ課題」の公募を開始する.またJASRIとCROSSはSPring-8とJ-PARCの相補利用を促進するための方策を模索中である.いずれにしろ国内においても何らかの形で「共通プラットフォーム化」していく必要があるというのは,施設側もユーザーも含めた共通認識になっていると言える.そのためには行政を巻き込んだ制度設計も必要だが,それと同時にマルチプローブを用いた研究の実績を積み重ねて,それによってマルチプローブ利用研究の重要性を示していくことが必要なのではないだろうか.2.本特集の概要今回の特集では,結晶から高分子や生体物質に至るさまざまな系について,それぞれの分野の代表的な研究者によりそれぞれの「マルチプローブ研究」を紹介していただいた.これらの記事は内容的に,構造物性分野,材料科学分野,生命科学分野の3つに分けることができる.最初は構造物性分野の研究例である.山浦らによる「X線,中性子,ミュオンを用いた鉄系超伝導体の研究」では,高濃度電子ドーピングを行った鉄系超伝導体で発見された2つの超伝導相の出現要因を,3種類の量子ビームを用いて明らかにしようとした研究を紹介している.この研究では最初にミュオンを用いて磁気秩序について網羅的に調べ,続いて中性子回折により磁気構造を決定している.そして磁気秩序形成に関連する構造転移の詳細を放射光実験により明らかにした.3種類のプローブの特徴を活かして超伝導相と磁気秩序の関係を明らかにした見事な研究だが,とりわけこれら3つのプローブによる協奏的研究を推進するKEK構造物性研究センターという受け皿があったからこそ成立した研究である,とまとめている.この研究を推進する「元素戦略プロジェクト」のような世界的な競争の激しい分野では,マルチプローブ実験をタイムリーに行うことが重要であることを示す好例であろう.これに続くのは八島による「中性子とX線回折法を含む多面的アプローチによるセラミック材料の結晶構造,電子密度分布とイオン拡散経路の研究」という記事である.この中では光触媒や鉛フリーの誘電体,イオン伝導体,燃料電池などの実用材料に応用可能なセラミック材料の構造解析を,X線と中性子だけでなく電子線回折や密度汎関数理論計算なども含めたさまざまな手法を併用することによって精密化した例を紹介している.単結晶が手に入りにくい材料の構造決定のためには粉末回折データから未知構造解析を行う必要があるが,そのためにそれぞれの手法の利点と制限をよく理解して,多面的な構造解析を行うことの重要性が強調されている.石井と藤田の連名による記事は「軟X線・硬X線・中日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)性子非弾性散乱を用いた銅酸化物超伝導体のダイナミクス研究」というタイトルである.銅酸化物超伝導体の超伝導発現機構を明らかにするためには,電子状態とその相互作用を知る必要があるが,そのためには0.1 eV程度のエネルギー領域のダイナミクスを調べなければならない.数年前までは非弾性X線散乱も非弾性中性子散乱も苦手としていたエネルギー領域であったが,近年の実験技術の発展によって可能になってきた.これまで価電子を観るという点でのX線と中性子の相補利用は静的構造に限られていたが,非弾性散乱による動的構造の研究においてもそれが可能になってきた,ということを紹介している.材料科学分野における研究例では,高分子,水素貯蔵合金,触媒を取り上げている.金谷らによる「SANSとSAXSを利用した流動と変形による高分子結晶化研究」では,高弾性率・高強度の高分子材料を作るために必要な「シシケバブ構造」の形成機構を明らかにするために,中性子とX線の小角散乱を併用した結果を示している.高分子のようなソフトマターは一般的に原子スケールからマクロスケールに至る階層的構造を取っており,1つの実験方法だけでその全容を明らかにすることはできない.その上シシケバブ構造形成に関しては,分子量や分子量分布,結晶化温度や流動の加え方などのさまざまな要因が絡んでいて複雑である.また構造の違う領域が空間的に分布しているため,ビームを絞って場所ごとの構造の違いを調べることも重要である.したがって中性子とX線のみならず,光学顕微鏡や光散乱なども含めたマルチプローブによる研究は必須であり,今後さらに盛んになることは疑いがない,と結んでいる.続いて町田による「X線および中性子を用いた水素-金属系の構造研究」では,水素吸蔵合金であるランタン2水素化物の高圧力下での相分離現象と,それに伴う新規構造水素化物の形成の発見を例にして,X線回折と中性子回折の相補的利用がいかに有効か,という点について詳述している.金属原子の散乱能が高く,高精度の実験が可能な放射光X線は金属副格子の構造決定に適している.また微量の試料でも測定可能なので,高圧実験でも短時間測定が可能であり広い範囲での構造のサーベイが可能である.一方中性子を用いることにより,水素原子の金属格子中の位置や占有率を知ることができる.これらの情報を複合的に用いれば,水素吸蔵によってどのような結晶格子の破壊や乱れが生じるか,これらによる格子欠陥が水素貯蔵能にどのように影響するか,などの情報を得ることもできる.近未来のエネルギー戦略のキーワードとして知られる「水素社会」を実現するためには,水素と物質の相関について深く知る必要がある.そのためにX線と中性子の相補利用がきわめて有効であることはこの研究例から見ても明らかであり,基3