ブックタイトル日本結晶学会誌Vol57No1

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概要

日本結晶学会誌Vol57No1

特集マルチプローブ研究が拓く構造研究の新時代1.マルチプローブによる物質構造の研究日本結晶学会誌57,2-4(2015)マルチプローブによる物質構造の研究高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所瀬戸秀紀Hideki SETO: Multi-probe Experiments to Investigate Material Structures“Multi-probe”is a general way to investigate unknown properties of materials experimentally. Incases of material structures, various kinds of methods such as X-ray Scattering, Neutron Scattering,Electron Microscopy, Nuclear Magnetic Resonance, have been used. In these methods, SynchrotronRadiation, Free Electron Laser, Neutron, Muon and Slow Positron have common properties; thesebeams are supplied at large accelerator facilities, and are utilized under similar user programs.Therefore, it is an international trend to prepare common platform for the multi-probe use in order tomaximize scientific output. Here we collect several examples of multi-probe studies in various fieldsto know how the multi-probe investigation is effective.1.はじめに「群盲象を評す」という言葉がある.これは数人の盲人が象の一部だけを触って感想を言い合うが,触った部位により感想が異なり対立する,という寓話である.「巨人の肩の上に乗る」科学研究においてはこの寓話ほどの見当外れの解釈が出てくることはないが,しかしながら未知の現象に出会ったときにはさまざまな手法を用いて実験事実を積み重ね,それらを総合することによってその現象の「真の姿」を明らかにしていくこと,すなわち複数の「プローブ」を用いて実験を行うということは科学研究の本質である.そして結晶構造の研究に限っても,世界中の研究者が何十年も前から,X線や中性子のみならず電子顕微鏡やNMRなどの複数のプローブを相補的に用いることによってその本質を明らかにしようとしてきた.その中で,特に大型施設で供給されるいわゆる量子ビームを用いた研究を「マルチプローブの相補的利用」と称するようになったのは,ここ10年ぐらいのことではないだろうか.これまでは大型施設がそれぞれで申請書を受け取り,審査し,ビームタイムを割り当て,実験を実施するという流れだったが,そのようなプロセスを各施設が独立に行うよりもある程度共通化して効率を上げるべきではないか,そしてそれによって研究成果も最大化できるのではないか,という問題意識がユーザー側からも施設側からも出てきている,というのがその理由であろう.とりわけ加速器から発生する放射光や自由電子レーザー,中性子,ミュオン,陽電子は,いずれも構造研究にとって有効かつ相補的なツールであるのと同時に施設の運営形態も似ていて,課題審査や運営を共通化することに関するメリットは大きい.大型施設をシームレスに使えるようにしようという流れは,海外においてはすでに当然のものと思われるようになっている.例えばフランスのグルノーブルには同じキャンパスの中に放射光施設ESRFと中性子実験用の研究用原子炉ILLがあり,宿舎やレストランなどのインフラを共通で使うようになっていてユーザーは2つの施設を自由に行き来することができる.イギリスでは中性子とミュオンの研究拠点として50年近い歴史のあるRutherford Appleton研究所と同じキャンパスにDiamondLight Sourceを建設し,2007年から利用を開始した.このキャンパス内には中央レーザー研究所を始めさまざまな大型施設が集合して,まさに「マルチプローブ研究センター」の様相を呈している.中性子・ミュオン施設と放射光施設が隣同士に設置されているのはスイスのPaulScherrer研究所も同様で,1980年代から利用されている中性子施設のSINQ,ミュオン施設のSmSに加えて2001年にSwiss Light Sourceが建設され,加えてXFEL施設も建設中である.さらにスウェーデンでは,次世代の放射光源MAX IVと中性子源ESSを同じキャンパス内に作ろうとしている.一方オーストラリアでは,地理的に離れている2つの施設(放射光施設ASと中性子施設OPAL)を1つの研究所が運営する,ということを始めている.ちなみにアメリカでは放射光施設を中性子・ミュオン施設と同じキャンパス内に置いているところはないものの,中性子の課題が採択されると放射光のビームタイムが付いてくる例がある,とも聞いている.わが国においては各大型施設の成り立ちも予算ソースも違い,また背負っている歴史も違うので統合は簡単ではないが,マルチプローブ利用を促進しようという試みはスタートしつつある.例えばPFとJ-PARCをもつKEK2日本結晶学会誌第57巻第1号(2015)