ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No6

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日本結晶学会誌Vol56No6

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概要

日本結晶学会誌Vol56No6

世界結晶年(IYCr2014)日本の取り組み能に迫る構造生物学研究の先駆けといえるだろう.つづいての月原先生ご講演では「日本の蛋白質結晶学の歴史」をたどる形で話が進められた. Bragg親子と同時期に日本でも寺田寅彦先生や西川正治先生によるX線と結晶とを用いた実験がなされており,それを起源として数々の先生方のご尽力により,日本の結晶学研究は現在までに大きな発展を遂げている.特に,日本のタンパク質結晶学の大家である角戸正夫先生,坂部知平先生,三井幸雄先生のお名前を挙げられ,その功績をご紹介になった.角戸先生は日本のタンパク質構造研究の草分け的存在であり,日本で初めて決定されたタンパク質の立体構造であるcytochrome cのX線結晶構造を月原先生とともに発表された.その後, ferredoxinやTaka-amylase Aの構造解析にも次々と成功された.この頃の回折強度データ収集には,回転陽極X線発生装置と4軸自動回折計を用いるのが主流だったようである.坂部先生はinsulinの精密構造解析において,世界で初めてタンパク質結晶中での水素の電子密度を観測されたほか,通称「坂部カメラ」を開発,放射光施設であるPhoton Factory(PF)へ導入された.放射光による良質なX線と画期的な回折データの収集システム, PFからの旅費支給,ユーザーグループ間の相互協力があったことなどが効果的にはたらき, 1990年代までに日本のタンパク質結晶学研究者の裾野が広がっていったそうである.その中でも初期からご活躍なされていたのが三井先生であり,放線菌subtilisin inhibitorやinterferonのX線結晶構造を解明されたことで有名である.ご講演中に,三井先生によって記され多くのPFユーザーに愛用されたPFビームライン利用時の勘所に関する通称「三井メモ」が紹介された.以上のような黎明・成長初期を経て,日本のタンパク質結晶学はSPring-8供用開始(1997年)とともに次のステージへ入り,現在に至っている.すなわち,タンパク質の構造解析を主軸とした国家プロジェクトとして,タンパク3000プロジェクト(2002~2007年),ターゲットタンパク研究プログラム(2007~2012年)が実施され,タンパク質結晶構造解析の基盤強化とともに,数多くの有用な標的タンパク質の構造解明へつながっている.具体的な成果例として,タンパク質中に存在する硫黄原子を利用したS-SAD位相決定法のためのハードウェア開発,佐藤衛先生,禾晃和先生,月原冨武先生, Brian W.Matthews先生,三木邦夫会長PF BL-1AやSPring-8 BL32XUといった高輝度マイクロフォーカスビームラインの開発,標的タンパク質の機能を説明するための時分割構造解析,クライオ電子顕微鏡開発による電子線結晶学の発展,電子線・X線の融合構造解析,そして月原先生の長年の研究テーマであるcytochromec酸化酵素についてX線自由電子レーザー(XFEL)を用いて行われたX線無損傷結晶構造解析のご紹介があった.3.おわりに私は,ちょうど2000年に京都大学三木邦夫先生の研究室に入り,上記のようなタンパク質結晶学の発展を体感してきた.身近なところでは,コンピュータ性能の飛躍的な向上による構造精密化計算の高速化,放射光X線の高輝度化・検出器の高速化による回折強度データ収集の迅速化が挙げられるが,中でもXFEL利用が現実的になりつつあることに若輩者ながら強い隔世の感がある.本シンポジウムにおいて,常に新しいことに挑戦し続ける両先生のご講演を拝聴し,タンパク質のX線結晶構造解析に対するハードルが低くなってきた現代だからこそ,新しい発見につながるような独創性と探究心と研究に対する情熱を常にもち,努力することの重要性を改めて感じた.また,今後もタンパク質結晶学の分野に登場するさまざまな有用技術を使いこなすスキルを身につけていくとともに,この分野へ貢献できる自分なりの何かを見つけていきたいと,研究に対する気持ちを新たにした.日本結晶学会誌第56巻第6号(2014)371