ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No4

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日本結晶学会誌Vol56No4

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日本結晶学会誌Vol56No4

新刊紹介Crystalline State PhotoreactionsDirect Observation of Reaction Processesand Metastable IntermediatesYuji OhashiSpringer(2014)ISBN-13: 978-4431543725本書は, 1977年に[(R)-1-cyanoethyl][(S)-1-phenylethylamine]bis(dimethylglyoximato)cobalt(Ⅲ)の結晶にX線を照射すると結晶状態を保持したまま,シアノエチル基がラセミ化することを発見して以来, 30年以上にわたり著者のグループが行った研究を中心に,結晶相光反応を記したものである.固相反応に関する成書は多数出版されているが,結晶相反応に的を絞ったものは本書が最初であろう.反応系としては,上述のコバロキシム錯体のほか,種々の有機化合物・金属錯体の光反応・光物理過程を扱い, X線回折・中性子回折を主な手段として反応を追跡している.反応物の結晶構造と反応性との相関も詳述されているが,副題にも記されているように,反応過程を直接観測することにより反応機構を解明した研究や,不安定な反応中間体・光励起により生成する短寿命種の分子構造をX線回折により直接決定した研究が多く含まれている.個々の研究成果は, J. Am. Chem. Soc.やActa Crystallogr.などに掲載されたものであり,多数の文献が引用されている.結晶状態を保持して光反応を進行させる方法についても触れられている.このような特徴から,結晶構造解析や固相反応を扱っている研究者はもちろんのこと,光化学・錯体化学・有機構造化学などの広い分野の読者にとって興味深くおおいに参考になると思われる.本文は簡潔な英文で記され,多数の結晶構造図・分子構造図が掲載されており,学部学生でも読み進めることができるであろう.本書の構成に沿って内容を概観してみよう.第1部(2~6章)では,種々のアルキルコバロキシム錯体の光反応,第2部(7, 8章)では光励起により生成する短寿命種のin situ構造解析に関する研究が取り上げられている. 2章では,まず結晶相反応の定義を述べ,固相反応やsinglecrystal-to-single crystal転移を伴う反応と区別している.ついで反応空間キャビティの概念が解説されている. 3~6章では,コバロキシム錯体の可視光照射による結晶相ラセミ化やβ/γ-cyanoalkyl基からα-cyanoalkyl基への異性化反応が述べられている.キラルな軸配位子の導入による日本結晶学会誌第56巻第4号(2014)不斉誘導やアキラルな反応物がキラルな空間群に結晶化した際の絶対不斉合成などキラル化学の観点からも興味深い. 2枚のイメージングプレートを搭載した迅速測定装置を開発することにより,反応中間体の検出に成功した例も述べられている.さらに特定の部位を重水素置換した試料を用い中性子回折法により,反応経路を直接的に解明したエレガントな研究が紹介されている.解析された構造を見ると,かさ高い置換基がフラツィスト運動やペダルこぎ運動によりキャビティ内で相対位置を変えて異性化することがわかる.以上のような反応経路の選択性や反応速度の大小について,反応部位のコンホーメーションとキャビティの体積・形状に基づき統一的に説明されている.第2部では,二量体の光解離で生成するラジカルやジアゾ化合物の光分解で生成するカルベンといった,通常はマトリクス単離法など希釈条件下で観測される不安定種をneatの結晶に連続光照射することで10~20%の割合で発生させ,構造決定に至っている.ロフィンのpiezodimerや熱反応で戻るタイプのホトクロミック系の光生成物など,より安定な異性体へと容易に変換する準安定種についても,温度・照射波長などの条件を制御することで構造解析に成功している.特筆すべきは,白金(Ⅱ)複核錯体[Pt 2(H 2P 2O 5)]4?の励起状態の構造決定の試みである.特別に開発された検出装置をSPring-8のビームラインに設置してCWレーザー照射下での回折実験を行い,励起状態が生成すると結晶の単位胞が縮小し,励起分子はPt-Pt距離が基底状態より短くなることが示されている.通常のキセノン光を照射した場合も単位胞の縮小とPt-Pt距離の短縮が観測されている.一方,別の研究グループはパルスレーザー励起直後の回折強度データをストロボスコープにより測定し,同様に励起状態ではPt-Pt距離が短縮すると報告している.しかし著者も述べているように,励起後ピコ秒~ナノ秒の時間スケールでは結晶格子の緩和は完結しておらず,連続光照射下で光定常状態を観測した場合とは,励起分子の置かれた環境が異なる.このように励起状態のダイナミクスと結晶全体のダイナミクスの区別も論じられている.本書で取り上げられた研究には,回折装置の発展も大きく貢献している.最近はシンクロトロン放射光など高輝度の線源が利用可能となり,検出器の開発も進み1秒以内に強度データ収集が可能である.中性子回折においても,J-PARC/MLFの装置を利用すれば,有機物ならば0.01 mm 3の結晶で1日,タンパク質では1 mm 3の結晶で1週間でデータ測定が可能と述べられている.「これらの発展とも相俟って,今後新しい発見がなされるであろう」と本書は結んでいる.結晶構造解析が,化学やその関連分野の新しい現象の発見や実験結果の解釈などにおいて,今後ますます貢献するであろうことを印象付ける一冊である.(お茶の水女子大学森幸恵)283