ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No4

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日本結晶学会誌Vol56No4

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概要

日本結晶学会誌Vol56No4

福山恵一日本では拠点となる大学を中心に,大型計算機を整備していこうという方針であったように思う.拠点大学にいる者は,大型計算機センターに足を運んで計算していた.地方大学にいる者は,紙カードにプログラムやデータを鑽孔し,それを郵送して計算を依頼するのが普通であった.この頃は通信システムがないに等しく,入出力媒体である磁気テープやフロッピーがこの世に出てくる前のことである.結晶学計算には,ソフトウエアであるプログラムがなければどうにもならない. 1970年代の日本では,有機化合物結晶などについて基本的なプログラムが整備・公開されていたが,タンパク質結晶となると解析方法が試行錯誤されていた時代である.有機化合物にせよタンパク質にせよ,計算をしようとする者はフォートラン言語をマスターするなど,自然とプログラミングに熱が入ったものである.なおその際問題であったのは,計算機代である.新たに作ったプログラムのデバッグするにせよ,計算するにせよ,普通に使っていたら研究室の校費は数カ月で使い果たしてしまう.計算機代から解放されたのは,大阪大学・タンパク質研究所では1980年代の中頃に無料で大型計算機を一般ユーザーに解放してくれたことが大きい.そこでは磁気テープなどを使って,結晶学計算を盛んにしていた.また,その後1990年代後半に大型計算機からワークステーションの時代になって,少人数でシェアーして計算をするようになった.1980年代に日本ではタンパク質結晶を対象にする研究室や人が次第に膨らんだ.これには放射光の登場だけでなく,遺伝子操作など周辺の分野とのつながりができたことが大きい.大きな潮流になり始めるとタンパク質結晶学をする人も増加し,タンパク質の解析は多様になった.それ以前は大学でタンパク質結晶学を細々と続けられていたが,企業や産業界が目をむけるようになった.その結果,タンパク質結晶学をしていても,専門を活かした就職の道が拓けた.タンパク質の構造が精密化されるようになったのもこの頃で,プログラムPROLSQが一世を風靡した.これによりタンパク質の解析精度は大きく改善された. 1990年代に入るとこの傾向はますます活気を帯びてきて,世界で解析プログラムの標準化が大きく進み,いわゆるシステムとしてとらえられるようになった.また,1970年代に産声をあげたデータベースProtein Data Bankの登録件数は, 1993年に1,000を超えた.タンパク質結晶学を専門に扱うジャーナル(Structure, Nature StructuralBiology, Acta Crystallographica Section D)が相次いで創刊されたのも, 1990年代の中頃である.2000年代に入ってSPring-8が稼働し始めると,それに伴いタンパク質結晶解析の適用自体も幅を広げた.例えば,不安定な分子や中間状態の分子構造を捉えることが可能となった.この背景には,タンパク質結晶をクライオ温度(100 K以下)で測るようになったことが大きい.すなわちクライオ温度にして,反応を止めてスナップを見ることが可能となった.このような分子に限らず,非常に大きい分子も取り上げられた(お互い回折点が接近していても,平行性のよい放射光を利用することにより普通に測定されるようになった.)タンパク質結晶でも超高分解能で解析されるようになり,従来のように原子の位置を求めるだけのものではなくなった.上記のようにタンパク質結晶学の適用範囲が様変わりし,解析方法が整備され,ソフトウエアはユーザーフレンドリーになった.解析で最も基本的といえる空間群や格子定数は自動で決定し,表示してくれるようになった.逆格子の意味も知らなくてもできる時代になったと言える.もはや解析方法は個人として手を出しにくい傾向が強まった.言い換えれば,解析に関しては開発する者と,利用する者が分離してしまった.プログラムはブラックボックス化し,タンパク質結晶学は専門家のものでなくなった.タンパク質結晶学に関するプログラミングも意味がなくなったように思える.ともあれタンパク質結晶学の原理を知らない多くの人々が,実際にタンパク質結晶を扱っているのが近年の傾向であろう.PDBの登録件数は2014年に, 1993年の百倍の10万件に達した.こういう時代になったからこそ,回折強度測定にせよ解析計算にせよタンパク質結晶学を研究として取り上げる場合,どのような特徴を出すかが一段と問われるようになった.タンパク質結晶学の変遷について興味をおもちの方は,拙著「昭和と平成の今昔物語―タンパク質結晶学の周辺―」をご覧下さい.平成26年8月にBookWay書店(http:bit.ly/1kG2VWz), 9月上旬にAmazon-booksで電子出版・製本出版する予定です.プロフィール大阪大学大学院工学研究科〒565-0871吹田市山田丘2-1e-mail: fukuyama@chem.eng.osaka-u.ac.jp専門分野:構造生物学不安定な分子の構造や短寿命の分子の構造をとらえることに挑んでいる.また,タンパク質複合体の構造および変化を通して,タンパク質の働きに迫ろうともしている. X線照射による構造への影響にも注目している.280日本結晶学会誌第56巻第4号(2014)