ブックタイトル日本結晶学会誌Vol56No4

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概要

日本結晶学会誌Vol56No4

白澤徹郎,高橋敏男すべてを最小二乗法で大域的最小値に落とし込むのは難しいし,界面に特殊な構造や組成混合(intermixing)がある場合に,これを試行錯誤的に決定するのは困難である.こうした背景から近年, CTR散乱データから直接的に薄膜界面構造を解く方法が展開されている.次章では,表界面で用いられている反復位相回復法と,筆者らのグループが開発してきたホログラフィの原理に基づいた表界面原子の再生法を説明し,第3章ではこれらの適用例として,表界面でのRashbaスピン分裂が注目されているBi薄膜界面と,トポロジカル絶縁体Bi/Bi 2Te 3薄膜界面を紹介する.2.表界面構造の直接解法2.1反復位相回復法Sayreらは試料からの散乱振幅の絶対値を試料サイズaの逆数の1/2であるπ/aより細かい間隔で測定することで位相回復できる可能性を説いた. 9),10)このようなオーバーサンプリング条件を満たす散乱強度データから反復的に位相回復する方法はFienupによって提案された. 11)最近注目を集めているコヒーレントX線回折イメージングでは,これらに基づく方法が用いられている. 12)-14)二次元周期構造をもつ表界面の場合,表面平行方向に関するオーバーサンプリング条件は,二次元格子点上の回折強度を取得することで満たされる. 7),12) z方向については,CTRに沿った回折強度をπ/t(tは膜厚)より細かい間隔で測定すればよい.一方,位相回復演算にはFienupの反復法に表界面に特有な拘束条件を加えたものが用いられている.図2はこの概念図である. Fienupの方法では実空間と逆空間の既知情報を補いながら, Fourier変換によって構造因子と電子密度分布を行き来して,逐次的に位相回復する. CTR散乱F(Q)は基板の構造因子F R(Q)と未知構造(薄膜表界面)の構造因子F O(Q)の干渉である.基板の構造は既知であるためF R(Q)は既知である.したがって逆空間の拘束条件として|F(Q)|を実験値|F exp(Q)|で置き換えた後に,これからF R(Q)を差し引くことでF O(Q)を図2表界面の反復位相回復法の概念図.(Schematicdrawing of the iterative phase-retrieval method forsurface/interface structures.)FR(Q)は既知部分の構造因子. F O(Q)は未知部分の構造因子.抜き出す.後者は表界面特有の操作である.次に, F O(Q)をFourier変換した電子密度ρ’(r)に対して以下の実空間拘束条件を加える.まず,薄膜部において電子密度の非負性を課す.次に真空部のρ’(r)をゼロ,基板部のρ’(r)を基板の電子密度に置き換え,新しいρ(r)を得る.この方法はSaldinらによって提案され, 15)表面長周期構造に適用されている. 16)また,表界面に分域構造がある場合にも効果があることを示している. 17)一方, Willmottらは実空間の拘束条件に“原子性”(atomicity)18)を加え,さらに反復過程で薄膜層上部に十分な電子密度ゼロ部分ができた場合にこれを除去する“film-shift”と命名した操作を加え,界面の組成混合やラフネスなどの変調構造に効果的な方法を提案している. 19)また, Elserによって提案された,電子密度の更新時に更新前の電子密度との差分に関係した値を加えるdifference map法20)を用いて,解が局所最小値に陥るのを防いでいる. Willmottらはこの方法を高温酸化物超伝導体薄膜の界面構造や, 21)酸化物絶縁体界面における金属相発現機構の研究22),23)に用いている.これらのFienupの方法に基づく反復法では逆空間の操作で位相は不変であるが, Yacobyらによって,逆空間内の演算で位相まで求める方法が提案されている. 24),25)F(Q)=F R(Q)+F O(Q)において, F R(Q)を,基板部分に薄膜部分を加えた真の構造に近い初期構造の構造因子とし, F O(Q)を未知部分の構造因子とする. F R(Q)としてはあらかじめ最小二乗法によって求めた真の解に近いものを用いるとよい.未知構造の実空間での広がりが小さいとき, F O(Q)のCTRに沿った変化は小さくなるため, ?Q zだけ離れた2点においてF O(Q)? F O(Q+?Q z)と見なせる.この拘束条件を加えることでCTR散乱波の位相を一意に求めることができる(詳細は文献26)のFig. 2にある複素平面上の作図がわかりやすい).逆空間の強い拘束条件F O(Q)? F O(Q+?Q z)のために収束速度の大きな最急降下法になり,反復回数は数回で済むが,初期構造に最も近い局所解に陥りやすい.このため初期構造の入力には注意を要するが,結晶性薄膜や結晶表面など初期構造が予想しやすい試料に対しては効力がある.この方法は強誘電体薄膜, 27)ナノドット, 28)有機半導体表面29)などに応用されている.2.2 CTR散乱ホログラフィYacobyらの方法は真の解に近い初期構造を必要とするし, Fienupの方法に基づく方法は,原理的には初期構造を必要とせずランダムな電子密度から開始してもよいが,薄膜のように再生すべき原子数が多い場合は,もっともらしい初期構造から始めないと真の解に収束させるのは難しい.したがって,あらかじめ実験データから直接的に初期構造を推定できると安全である.著者らは,反復演算を行わずに1回のFourier変換で実験データから表界面原子像を再生する,ホログラフィ30)264日本結晶学会誌第56巻第4号(2014)